いっぱち物語(仮)
30
電話口から聴こえるのは、愛しい子の愛らしい元気な声。
「怒んな。そんなに寂しかったのか?」
お前の周りにはいつも誰かしら居るのに、俺が居ないだけでそんなに不安か?
どんなに傲然な物言いをしても、そこにはもってりとした甘さが含まれている。蜂蜜のような粘着性を持つそれは、八が欲して止まないものだが、きっと本宮には日常の一つとしか取られないだろう。
印南は気付かない。自分が本宮にとってはアクセサリー程度の価値しかない事に。引き立たせ、羨望を得るだけの役割しか与えられてない事に。
最初は嫌悪だった。
次に好奇心を刺激された。
幼稚舎から初等部までは車での通いで、中等部からは寮に入った。どこに行くにも送迎が常で、行く店々も一流のものばかりで、一般家庭の人間との接触は殆ど無かった。あっても親の仕事関係の人間で、子供である自分にどこか遜っていた。高等部からは特待生制度もある事から外部からの入学はそれなりにあるが、幼、初、中の12年間はハイソサエティに位置する人間しか通わない。印南に係わらず、学園生は接触する人間が限定されている。幼少期から上流の中の上流である印南は王だった。幼いながらに反発する者が居ても、次の日には彼等の親が矯正させ逆らう者はいなかった。王である自分と、「印南」の影響力を自覚していた印南は、ガキ大将と言って差し支えない時期もあったが、下の人間に対する態度は根本で理解していた。常に堂々とし、己を信じ、己を信じる者に感謝し、心に一本の芯を通していた。だからこそ本宮のキャラクターは衝撃が大きかった。己を信じ、堂々とした様は印南と似通ったものがあり、同族嫌悪と言っていい感情もあった。だが、笑い、怒る、その剥き出しの感情を好ましくも思った。一線を引かず正面からぶつかってくる本宮の存在が嬉しかった。親に決められる事無く、自分の人生は自分で決めていいと気付かせてくれた本宮を愛しいと思った。
初恋だと思った。
印南は気付かない。
当たり前と受け入れ、凝り固まっていた殻を無理矢理壊され、半ば擦り込みの様に本宮を想っている事に。
壊さず、包み込み、ゆっくりと暖めてくれていた八の存在に。
印南は気付かない。
もう、気付く必要性も感じない。
ただ、何よりも理解していた。
「『アレ』は、俺のだ」
それだけは揺るがない。
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