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「銀時、そろそろ時間だ」
「…あぁ」
静かで穏やかな朝。
しかし空は今にも降り出しそうなほどの曇天である。そんな空を眺めていたのは、坂田銀時という男。いつもは起こされるまで寝ている彼が起きているということは、相当珍しい。そういう日は決まって何かが起こる。良くも、悪くも。本能的に何かを感じ取っているのか、それともなんとなく予知しているのか…原因は定かではないが、何かが起こることは間違いなかった。
「不気味なくれぇいい朝だ、こりゃ絶対何かある」
「おいおい、ただでさえお前が起きていて不吉なのにそれに加えて不吉なこと言うんじゃねぇよ」
「あっはっは、良いことじゃといいのう」
「ほら、早く行かねば出遅れるぞ、今日は激しい戦いになりそうだからな、俺達が早く行って勝機を切り開かなくては」
この激しい戦いの中で名を馳せる者達が四人、桂小太郎、坂本辰馬、高杉晋助、そして、白夜叉の異名を持つ坂田銀時である。同じ師の元で学んでいたこともあり、彼らはいつも共に居る。彼らが戦場へ出れば、周りの士気も上がり、いとも簡単に形勢が逆転してしまうこともある。それほどまでに、強き者達。彼らがこれから向かう戦場は、ここ何日か長引いている戦である。そして今日から、この四人の侍が参戦することになっている。
…この戦も、終わりが見えようとしていた。
「…ヅラ、今日の敵はそんなに強ぇの?」
「ヅラじゃない、桂だ。…どうやらものすごく強い用心棒を雇った、という噂だぞ」
「ハッ、んなもん俺達にかかりゃあ敵じゃねぇよ」
「おまんは負けん気が人一倍強いからのう、高杉よ」
はたから見れば戦前とは思えぬほど落ち着いている四人であるが、その中で一人、坂田銀時だけはいつもとは違っていた。彼は直感で感じ取っている、これから向かう戦場には、とてつもない敵がいることを、あの金獅子がいることを。
「…行くか」
己の中でざわめく何かを抑え込んで一言呟き、歩き出す。一体何が待ち受けているのか、この時点で銀時がわかる由もなかった。
「おい…なんだこりゃあ…」
「…見渡す限り死体だらけじゃ」
「生存者がいないか、手分けして探すぞ!」
「…一体何があったってんだ」
彼らが着いた戦場、そこに広がる光景は死体の山。人間だけではなく、天人も一緒にあちこちに転がっている。異様な光景にさすがの四人も度胆を抜かれていた。とりあえず状況を把握するため、四人はそれぞれに生存者を探し始めた。そこらじゅうに転がっている死体は、どれも無惨なもので、この中に息がある者などいるのか甚だ疑問ではあったが、彼らはただひたすらに生存者を探していた。
「おい!誰か息のある者は居ないのか!」
「うっ…」
運よく生存者を見つけたのは、桂だ。小さく唸り声を上げる者を、彼は見逃さなかった。急いで生存者に駆け寄れば、仰向けにして声をかける。
「おい!しっかりしろ!」
「…アンタは…桂、小太郎…」
「あぁそうだ、助太刀に来た。…一体何があったんだ」
今にも息絶えそうな目の前の同志。胸が締め付けられるような思いに襲われながら、桂は必死で何があったのか聞き出そうとしていた。その同志は、かたかたと震えながら、途切れ途切れに言葉を発した。
「化け物だ…戦の最中に…化け物がやってきた…」
「化け物…だと?」
一方、銀時は死体の山を走り抜けながら朝に感じた胸騒ぎが次第に強くなっているのを感じていた。この先へは行ってはいけないという直感、しかし何かに導かれるようにその先へ向かう己の足。無意識に、鞘に納めていた刀は走りながら右手に握られていた。
「はぁっ…はぁっ…」
どれだけ走ったのか、少しばかり息切れをしている。それでもその足は止まることはなかった。
…ぽつ、ぽつ、と静かに雨が降り始めた。その雨はすぐに大雨になり、時折雷を呻らせている。薄暗くなった視界の中で、今だ走り続けている銀時。しかし彼のその足を止めるものが、視線の先に見えた。何体かの死体を乱暴に積み上げ、其処に座っている人影が一つ、見えたのだ。暗くてはっきりとは見えなかったが、其処にいる人影がこの戦場を血の海にしたことは明らかであった。そしてその人影が、味方ではないということも。
銀時は、止めた足を再び前へと出した。先程とは違う、勢いのある足取り。声を張り上げ、握っていた刀を振りかざした。
「奴は…化け物だ…いきなり現れて…敵味方関係なく…暴れだしたんだ…あっという間だった…そこが血の海…死体の山になるのは…奴は…金獅子は…人間じゃねぇっ…早く…お前らも逃げろ…っ」
「金獅子…だと!?用心棒とは金獅子のことだったのか!!」
「俺はもう、ダメだ…早く…行け…手遅れになる前に…っ、これ以上…犠牲者を増やすな…ぐっ」
「おい!しっかりしろ!…っ、すまない…助けてやれなんだ…。金獅子か…早く皆に知らせなくては…くそっ、誰も金獅子と出会ってくれるなよ…!!」
「うおおおおおおおおおおお!!!!!!」
「ん…?なんだ、ありゃ、まだ生き残りが…っ!?」
銀時が振りかざした刀は、不意を突かれたとはいえいとも簡単に金時に避けられてしまった。すぐさま態勢を整え、身構える銀時。一旦距離を取り、抜刀して戦闘態勢に入る金時。ついに、この二人が出会ってしまった。
互いに相手がよく見えない状況で、じりじりと間合いをとる二人。その時、大きな音と共に稲光が起こる。その稲光のおかげで、二人は初めて互いの顔、姿を目にすることが出来た。
「…おめぇは…金…なんだっけ」
「……白、夜叉…」
「…まぁいいや、誰だろうと斬る。仲間の仇だ」
「はは…はははっ!やっとお出ましかよ白夜叉!待ちくたびれちまったよ暇つぶしに皆殺ししてたけどそれも終わっちまったからさぁ!!」
待ちに待った白夜叉のお出ましで、金獅子坂田金時の興奮は最高潮に達した。異様な興奮に気味の悪さを感じながら、銀時は再び間合いを詰める。金時もそれに応えるように、一気に間合いを詰めた。
刀と刀のぶつかり合い。金属と金属がかち合う音が、とめどなく響き渡る。息つく暇もない、激しい戦い。しかし戦況は、銀時が押されていた。人間でありながら人間離れした身体能力を誇る金時に、防戦一方になっていた。勢いが衰えるどころか、刀を交える度にその勢いは増していくようで、最初は互角だったが今は銀時の方が傷だらけである。
「白夜叉…最高だよ白夜叉…こんなに興奮したのは初めてだ」
「さっきから気持ち悪ィことばっか…言ってんじゃねぇ!!」
「くっ…」
歓喜の声を上げる金時に、ほんの一瞬だけ、隙が見えた。その一瞬を見逃さなかった銀時は、防戦一方から一気に攻めに転換する。初めて隙を突かれた金時は、避けようと試みるも雨の影響もあり反応が遅れ、銀時の素早い動きにより右肩辺りに刀が突き刺さる。だが次の瞬間には銀時の腹を蹴り飛ばし、間合いをとった。そして、片膝が地面につく。左手で怪我を負った場所を押さえ、痛みに耐える。今まで無傷で戦ってきた金時にとって初めての負傷。故に痛みを感じるのも初めてなのだ。
「へっ…ざまーみやがれ…」
「さすがだな白夜叉…この俺に負傷させるなんてさ…」
「こんなもんじゃ終わらねぇよ、てめぇの首もらうまではな」
「…ふふ…言ってくれんじゃねーか…白夜叉…」
下を向き、静かに笑いながら、静かに立ち上がる。傷口を押さえていたため左手は血まみれ。その血をぺろりと一舐めして、顔を上げた。その瞬間、再び稲光が起き、銀時は金時の顔を見て背筋がゾッとした。
先程までは、ただの人間にしか見えなかった金時の顔は、まさに獣の如く鋭い目つきに変わり、口元はにやりと笑みを浮かべ、絶好の獲物を得たという喜びに満ちた狂気が垣間見えたのだ。
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