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交錯タイトロープ
8-2
言葉が出てこない。荒い息が己の恐怖を代弁している。千々に乱れた衣服を身につけ、無数の傷と力の入らない身体を風に揺らせながら、たどたどしく歩を進めようとして、目の前に倒れ込む。
人の残骸から流れる血溜まりに足を滑らせたと気付き、顔を濡らした赤い滴りが誰の物とも分からぬ血だと理解する間もなく、鼻孔を貫く鉄の様な臭気に身が強張る。直後、鳴咽と共に苦い濁液が吐き出され、胸よりも奥に残っていた恐怖と共にこれでもかと搾り出されていく。
人も建物もあらゆる物が赤混じりの瓦礫と残骸になり、地獄を知らないとしても地獄と語っておかしくない程の光景がそこには広がっていたのだ。
自分の中の残った水分を搾り出したのではないかと思う位に、彼女は泣いた。
彼女以外に動く物は無く、全てを赤く染めていた夕焼けが沈み、眼前の全てが静寂のまま闇に沈んだ時、彼女は鳴咽をも失い、目を見開いて地に伏した。


人の息遣いは、無い。





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あきゅろす。
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