交錯タイトロープ
5-2
強い風がひとつ、少女を撫でた。
辺りの草と共に視界に彼女の栗色の髪が覆い被さる。
彼女は視ていた。
その若葉色した両の眼で、流れていく風景を。
ただ、視ていた。
音が風に乗り、風が音を引き連れていく。
その度に草が揺れ、雲が流れ、彼女の髪を撫でていった。
──きれい…
ありきたりな光景の筈なのに、彼女は心から思った。
その僅かな感動は心の中に一滴、波紋を立て、身体の内を広がっていく。
『──いい娘ね』
唄から、言葉を感じた。
歌詞になっていた訳ではない。言語という物でもない。ただその唄からは柔らい感情が含まれている様に感じた。
少女は声に惹かれ、青空から目を離す。様々な緑が目に飛び込みながら、身を起こしてみた。
その方角の空は青が深くなり始め、気の早い星が瞬きだそうとしていた。
心地よい感覚に入り浸っている間に、刻は夕暮れになっていたのだ。
空の境目は藍色と茜色が交わり、紫ではない微妙な色彩を纏っている。
それを背に、黒い女が立っていた。
少女はその女の姿に見入った。
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