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物語
第13話 復活祭
天空世界編13話
  復活祭





  此処は地上世界(アスピア)の首都ルイセンド王国、ルイセンド城内にある応接の間。
  ラルク王子は父上であるアイザンド国王をアイザンドとは別人だと言い、彼に剣を向けて何者かと問いかけていた所であった。
  そして急に彼は笑い始める。
  耳が痛くなるほど、応接の間に彼の笑い声が響き渡っていた。


ラルク
「なにがおかしいんだ!」


  ラルクは彼に向かって、苛立ちを含んだように言い放った。
  すると彼は、口元を左手で抑えながら笑う事をやめると、きつい目をしてラルクを睨みつけてくる。


アイザンド
「…アイザンドはもう…この世にいない。私が彼の生心力(ヴィオゼーラ)を、粉々に握りつぶしたからな…!」


  淡々と、酷く冷たい声で彼は答える。
  だがラルクは動揺するどころか、何も反応もせず無表情で彼の瞳を黙って見つめていた。


アイザンド
「ほう…驚いて声も出ないか?」


  予想外の反応に、つまらなさそうに彼は言う。
  すると彼の反応を見て、ラルクは鼻で笑うと冷たく答えた


ラルク
「驚くも何も……おおよそ見当はついていたからな。…聞いたところで別段驚きもしない。それで貴様が私の心を乱そうとしたのなら、大きな間違いだ」


ラルクの返事を聞いた彼は、再び冷たい表情を見せる。


ラルク
「そんなことはどうでもいい…!貴様は誰なんだ…いい加減応えろッ!!」


  周囲に緊迫した空気が溢れる。まるでそれは時が止まったかのようにも思えた。
  だが次の瞬間、小刻みに肩を震わせ…怪しい笑みを浮かべ、彼を中心に黒い霧が発生した事によって……その空気は断ち切られてしまう。
  想定外の出来事に、ラルクは目を見開いて驚いた。
  その表情は…まるで、今見ている光景が信じられないようにも思える。


ラルク
「なッ…なんだこれはッ…!!?」

「うッ…」
「ぐぁあああ!!」
「いや…やぁあああ!!!」
「苦し…た、助け…ッ!」


  黒煙はラルクの仲間へと纏わりつき、苦痛の声を上げる。
  すぐにラルクは助けに行きたかったが、なぜか身体が動かずいう事を聞いてくれなかった。
  どうしてなのか焦る中、ラルクの想いも虚しく、仲間は力なく床へと倒れてしまう。


ラルク
「―…クソ…ッ!」


  ラルクは倒れていく仲間を目の前で見ていたのに、何も助けてやれなかった自分を呪った。
  それと同時に、黒い霧が現れた事で自分の脳内には信号が鳴り響いていく。
  “此処は危険だ。いますぐ逃げろ”…と。


アイザンド
「…貴様に特別に教えてやろう」










  「バルハイド」
  その言葉を聞いた瞬間、ラルクの顔が蒼く染まった。


ラルク
「バル、ハイド……救世主…?!バルハイドはかつて、世界を滅亡へと陥れようとした悪魔……それが救世主のワケがないだろッ!!」


  ラルクは彼―バルハイドの告白を否定する。
  犬のように煩く吠えるラルクを、バルハイドは鼻で笑った。


バルハイド
「ほぅ…あの絵本の事を言っているのか…貴様」
ラルク
「…ぁあ。僕は小さい頃から「女神と悪魔」を父に読み聞かされてきた。その時の僕は何も疑問は抱かなかった。だが大人になった今、改めてその本を読み返してみて、当時気付けなったある疑問点に気付き、あらゆる文献や歴史を読み漁ってきた結果、ある真相へとたどり着くことが出来たんだ」
バルハイド
「真相か…悪魔が私、女神がアリスタ…と言いたいのか?」
ラルク
「ぁあ。かつてこの世界には、バルハイド教会とアリスタ教会の二つが存在していた」
バルハイド
「……」
ラルク
「バルハイド教会は数も信者も少ない。よって自然消滅していた。…その話を受けて、僕は今も信者も根強いアリスタ教会が女神、廃れていったバルハイド教会が悪魔だとすれば、あの絵本の内容にも納得がいく」
バルハイド
「そうか…ならあえてその真相に点数をつけるとするのならば……50点だな。そのような幻想と文献を信じ込むとは…なんと愚かな奴だ。残念だが、世界を創ったのはアリスタでない…此処に居る私こそ、現世界を創造した…救世主“バルハイド”なのだ」
ラルク
「そのような嘘を誰が信用すると思う…?」
バルハイド
「私がこの状況下でウソを付くと思っているのか?」
ラルク
「く…ッ」


  動揺するラルクを見て、挑発したバルハイドは口角を上げると、突然指を鳴らした。


バルハイド
「さて…貴様は私を知りすぎた。罰として…私の実験の餌となってもらおう」


  バルハイドが理解不能の言葉を放ってからすぐ、ラルクの目の前では先ほど倒れたばかりの仲間たちが、次々と立ち上がっていく光景が広がっていた。
  あえて違う点を述べるとすれば、仲間の身体から黒い霧を発し、目が赤黒く光り、雄たけびを上げている事であった。
  今目にしている光景は、どんなバカでも異常だと判断できるレベルである。
  危険だと分かっていながらも逃げ出さず、ラルクはきつく手を握りしめた。そして、恐る恐る声を発すると、バルハイドと名乗る彼に質問すべく口を開けた。


ラルク
「バルハイド……父や仲間をこうしてまで成し遂げたい目的とはなんなのだ…ッ」


  声を震えながら、バルハイドに質問する。
  だが、意思を葬るようにそれはやってきた。


バルハイド
「やれ」


  ラルクの言葉を無視した応答に、ラルクは怒りを覚える。
  だが彼の言葉が合図となり、仲間が一斉にラルクへと襲い掛かってきた。
  流石に己が置かれている危険な状況を理解したラルクは、咄嗟に移動心術を放つ。
  そしてギリギリ何とか謁見の間から逃げ出すことに成功した。
  仲間たちはラルクがいた筈の床に、切なく叩き付けられてしまう。
  その一部始終を見ていたバルハイドは、驚きもせず口角を上げて微笑んだ。


バルハイド
「奴の生心力(ヴィオゼーラ)は完全に捕えた。そろそろ頃合いだ…ついでに“アレ”まで追い詰めろ」


  バルハイドの命令通り、移動心術を使って謁見の間を出て行ったラルクの仲間は、隊長の跡を追っていった。




コンコン

  すると突然、謁見の間の扉から小さなノックの音が聞こえてきた。
  聞き逃さなかったバルハイドは、黒い霧を消し、いつものアイザンドとして演じる準備を整えると、「入れ」と言いその者に入出の許可を与える。
  扉が開かれ、その者は足早に国王の玉座まで導くレッドカーペットの上を進んでいった。
  そして国王から3メートルほど離れた場所へとたどり着くと、膝をつき顔を俯いて敬意を表すと、彼は淡々と言葉を述べる。


「陛下…何か騒がしいようでしたのでお伺いしたのですが…どうかなされましたか?」


  どうやらその者は、偶然通りかかった世界騎士団のひとりであるように思えた。
  するとバルハイドは、なぜか口角を上げる。
  世界騎士の一人は国の長の笑みに、世界騎士は疑問を抱いた。


世界騎士
「なにか嬉しい事でもあったのですか…?」
アイザンド
「丁度いい…君にはとても大切な任務を与えようとしていた所だったんだ」
世界騎士
「重要な任務…!?ハッ!!なんなりとお申し付けを!任務とは一体なんでしょうか!」


  自分に与えられる任務が重要なモノだと聞いた世界騎士は、さらに更に顔を下へと俯く。
  するとバルハイドは真剣な眼差しをして、声を上げて彼に任務を告げた。


アイザンド
「世界中にいる世界騎士に伝えろッ!!天空世界(スカイピア)は私たちに宣戦布告してきた。よって地上世界(アスピア)は天空世界(スカイピア)に対し、世界の平和を賭けて、戦争を執り行う事にした。一刻も早く世界中に居る世界騎士は城へと戻り、戦争の準備に取り掛かるよう伝えろ!!もし地上世界(アスピア)の中で戦争に協力してくれるものがいたら、盛大に受け入れるがいい!!」
世界騎士
「…は、はいぃいい!か、かしこまりましたぁァ!!」


  国王の命令を受け動揺を見せつつも敬礼をした世界騎士は、急いで謁見の間を出て行った。
  部屋にはバルハイドだけしかいない事を目で見て確認を取れた後、目じりに少々涙を浮かべると、笑いを堪えるような声を上げ始める。


バルハイド
「クククッ…!のんびり笑ってる暇はないな。そろそろ“アレ”を稼働する為にも、“ヤツ”に連絡しないと―」

「“ヤツ”とは…オレッチの事ですかネ?リーダー」


  突然バルハイドの耳に纏わりつくような後味が悪い声が聞こえてきた。
  声を聴いたバルハイドは一瞬眉間にしわを寄せて嫌な表情を見せると、その声に対して答える。


バルハイド
「後ろにいるのは分かってる…私の視界に現れんか―サディコ」


  バルハイドの言葉に賛同するように、玉座の後ろからヒョコっと彼は現れると、軽快にステップを踏んでバルハイドの眼前へとやってきた。





バルハイド
「貴様の胸糞悪い声を聴いて久々に虫唾が走ったが…まぁ良い。アレの準備は既に出来てるんだろうな?」


  バルハイドの問いを聞いたサディコは、人差し指を立てゆっくりと揺らし「チッチッチ」と口で音を鳴らすと、満面の笑みを浮かべながら彼はこう答えた。


サディコ
「オレッチが何も出来てないとお思いでスカ?ざーんねん!!全て準備は整ってるのでアリマス!むしろ物足りないくらいヨ」
バルハイド
「ほう…!やはり貴様に頼んで正解だったな」
サディコ
「オレッチを誰だと思ってるんデスカ?世界一と名高いゆぅめいな科学者…メニエスト・カンバルトをヨユーに超える天才科学者―サディコ・クルエーレですゼェ?そんなオレッチに不可能なんて文字は無いんだヨ!」


  陽気に答えるサディコを見て、小刻みに肩を震わせ小さな笑い声を発するバルハイド。


サディコ
「おや…今日は随分とご機嫌デスナ?何かいい事でもあったのです?」
バルハイド
「当たり前だ。これから私の悲願がかなう時がやってくるのだから…な!……あと、あともう少しで、この世界は完璧な形となる。邪魔するモノは一切容赦しない…ッ」




***************




  薄暗いルイセンドの森の中に、必死に走り続けるラルクの姿がいた。
  息を切らしながらも、追ってくるであろう仲間の姿から必死に逃げていたのだ。


ラルク
「早く…早くこの事をガザフ総指揮官に伝えないとッ…手遅れになる前に!」


  だがラルクの想いも虚しく、背後からバルハイドによって操られた仲間が移動心術を使ってやってきた。
  彼らの存在には気付いたものの、捕えられない為にラルクは必死に走った。とにかく、捕まらない為に。
  本当ならば殺したい。だが、彼らは共に歩み共に苦しみ分かち合った仲間だ。そんな大切なヒトをこの手で、ましてや王子として、隊長として殺める事が出来るわけがなかった。だからこうして、逃げるしか他手段はない。
  なんとも言い表し辛い感情を胸に抱きながら、ラルクは必死に森の中を走り続けていった。




ラルク
「な、なんだ…此処はッ…!?」


  気付いたら随分と奥まで来てしまったようで、ラルクの視線の先には、見たことのない古びた白い遺跡がそびえ立っていた。
  すると突然…ラルクは脳内には、とある言葉が浮かび上がってくる。


ラルク
(世界法律刑法第360条…)


  覚えているだろうか。フレイ達がアルヴォンドと出会い、半ば強引に仲間へと導いたキッカケを産んだ法律である。
  「世界の遺産や遺物がある遺跡や由緒ある場所に入る為には、ルイセンド王国国王の許可必要である。もしこれに反した場合、いかなる理由でも死刑」というものだ。
  その法律で頭の中がいっぱいになり、思わず走る足を止めそうになった。だがラルクは、瞬時に今自分が置かれている状況を理解すると、さっきまでの思考をクリアにした。
  王子という立場であっても、私利私欲で国王の命を狙おうとした犯罪の身だ。間違いなく死刑されるだろう。どうせ殺される立場にあるんだ、法律を守っても破っても自分が置かれている状況に変わりはない。ならば、遺跡に侵入して無事逃げきる事が出来るのかどうか、一か八か勝負してみようではないか。
  そう考えたラルクは、止めかけていた足を更に加速すると、全力疾走で謎の遺跡の中へ侵入していくのであった。




***************




  遺跡に侵入してから30分ほどは経った。
  尚も執拗に追いかけてくる仲間を、心術を使って瓦礫を作る等して、必死に足止めをしていた。少しでも長く距離をおこうと、一生懸命やってきたが…正直、もう限界であった。
  というのも、体力が…生心力(ヴィオゼーラ)が限界だと、脳が危険信号を発してるからであった。もう戦えない、これ以上使いすぎてしまうと命が危険だ…そう叫んでいた。

  ヴィオゼリンク崩壊後、均衡を失った地上世界(アスピア)は、ありとあらゆる形で地上人の身や心を徐々に蝕んでいった。
  感染症、異常天災、負の膨大、食料枯渇など…とても計り知れなかった。まるでそれは、アリスタ誕生前の状況に酷似しているように思えて仕方がなかった。

  実はラルクが企画していた「国王襲撃計画」は、本日より1週間前の予定だったのだ。それが、ヴィオゼリンク崩壊で受けた影響のせいで、援助や支援物資、殺人事件や乱闘事件などのあらゆる事件の対処することを想定して、世界騎士の増員配備等の緊急対応に追われていたからであった。正直落ち着いたとは言えないが、初めのころに比べると半分ほどは落ち着いてきたという事もあり、仲間と相談した結果、本日決行するという事で賛同したのが今までの経緯である。

  その疲れが出てきたのもあり、ラルクは酷く生心力(ヴィオゼーラ)を消耗し、蝕死力(ブラジェーラ)の影響をとても受けていた。いつもは心術を使っても、倒れそうなほど疲れるという事はなかった。それが繁栄世界のメリットなのだろう。上級心術を100回ほど連続して放つ、という無茶をしない限りはそうならないのだ。
  しかし現在、片手で数えるほどしか放たれていない初級〜中級クラスの心術なのにもかかわらず、身体が、生心力(ヴィオゼーラ)が悲鳴を上げていた。
  明らかに、ラルク本人にも理解できるほどの異常であった。


ラルク
「どういう事なんだ…ッ、いつもより身体がおかしくなってる…?!クソッ!この世界は一体どうなってるって言うんだッ!!」


  この世界の未来に光なんて見いだせなかった。あの男―バルハイドという悪魔の存在が、己の前に現れたことで、世界に異変が起きてから抱いていた不安膨大なものとなった。バルハイドの目的は?彼は一体これから何をしようとするのか?そればかり脳内に浮かび上がってくる。
  だが今考えても仕方がなかった。思考をクリアにするため、ラルクは思い切り頭を横に振ってクリアにした。そして俯いていた顔を前へと向き直した直後、その視線の先に薄暗い廊下に唯一眩い光が見えた。


ラルク
「なんだあの光は…?……考えてる暇はない、よくわからないけど…行ってみよう!」


  ラルクは力を振り絞って加速すると、光の中へと入っていった。眩しい光が彼を包み込む。思わず瞑ってしまった目を、ゆっくりと開けた。
  徐々に明るさに慣れてきた視界に、驚くべき光景が広がっていたのだ。


ラルク
「な、なんだ…これ…ッ!?」


  目の前には、大きなひし形の結晶が二つ、宙に浮かんでいた。
  よく見ると、その中には藍色の長髪をした人と、赤髪で方に付くか付かないほどの髪をした人が入っていた。
  目の前の光景にラルクは疑問を抱かざるを得なかった。


ラルク
「どうして、人がこの結晶の中に…ッ?」


  不思議そうに結晶へと触れるラルク。
 

『グァアアアアア!!!!』


  すると後ろから仲間がラルクの元へと追い付いてきた。
  まだ視界に現れていないが、すぐ姿を現しラルクに襲い掛かるだろう。
  どこかに逃げ場がないか周囲を見渡すものの、それらしきものは見当たらず、非常に危ない状況であった。
  咄嗟に移動心術を使おうと手をかざすが、消耗しすぎた生心力(ヴィオゼーラ)をまた駆使してしまっては、自分は生心力(ヴィオゼーラ)を失い生きる屍になってしまう。
  焦った頭をすぐ冷やし、落ち着いて先を読んだラルクは手を降ろし、移動心術を出すのをやめた。
  そのかわり、腰に身に付けている剣を引き抜く。


ラルク
「…くッ、やはり……殺すしかないのかッ!」


  そう言い、剣を出して臨戦態勢を整える。
  すると視界に仲間の姿が映し出された。
  走馬灯のように浮かんでくる仲間との思い出、それを胸に抱き、ラルクは仲間を殺す道を選ぶ。
  そして意を決し、剣を仲間へと向けて攻撃を放とうとした――次の瞬間、それは起こった。


―パリィイインッ…!!!


  ラルクの背後で、ガラスが割れた音が聞こえてきた。
  反射的に後ろを振り向いたラルク。
  そこには、赤髪のヒトが割れた結晶の中から出て、落ちてくる光景であった。


「ウァ…ウガァアアアアアアアッ!!?!?」
「ガ…ガァアアアアアア!!!!」
ラルク
「ぇ…?!」

  断末魔の叫び声が聞こえ振り向いてみると、そこには割れた結晶の欠片が仲間の身体に触れた事で、彼らを支配してる黒い霧が煙となって蒸発し、浄化されている所であった。
  次から次へと起こる出来事にラルクの脳は追いついていけなかった。
  浄化し終えた仲間たちは、力尽き床へと切なく倒れていった。
  ふわりと着地し、静かに目を開ける赤髪のヒト。倒れてる仲間たち。
  ラルクは動揺する中、赤髪は色を帯びたで子供っぽい声で彼に問いた。


???
「バルハイドの気配を感じたと思い目を覚ましてみたら…私が眠っている間に何と惨い事を…ッ」
ラルク
「!バルハイドを知ってる…?!あ、貴方は一体何者ですかッ!?!」
???
「バルハイド…知っているということは…そう……ッ」


  その者は目を閉じて胸に手を当てると、ゆっくりと目を開けてラルクを見つめた。
  そして静かに口を開いた。



「私はアリスタ。この世界を創った女神であり、犯罪者です」





***************





  薄暗い洞窟のような場所は、以前も見たことがある光景のようにも思える。
  それもそのはず、此処はカエレスティスの活動拠点である祠なのだから。
  薄暗い祠に、唯一の明かりであるロウソクの炎が、急に激しく揺れ始める。直後、黒い人影が現れた。
  黒い影から、足から徐々に全貌を露わにしていく。
  それは蒼いフードを身に纏う、カエレスティスの番人である魔怨者(カルト)であった。


魔怨者
「カエレスティス様…只今おられますでしょうか?」


  すると、魔怨者(カルト)の声に反応して奥の暗闇から重い足音が聞こえてきた。闇から姿を現したのは、背中に結晶…額にはユニコーンのような角を生えたライオンような生き物。
  そう、それこそ、ネリアと同じく天空世界(スカイピア)を保つ役割を担う―聖獣カエレスティスであった。
  ジッと部下であり家来のような魔怨者(カルト)を見つめると、低い声で言った。


カエレスティス
「また連れてきたのか」
魔怨者
「ハッ!今回も地上人です…」
カエレスティス
「前回連れてきた奴らはまだ手をつけておらぬというのに…」
魔怨者
「では、それらを消化してからでも構いません。これだけ沢山のエサを手に入れたんです…どうぞゆっくり堪能してください」
カエレスティス
「…去れ」
魔怨者
「ハッ!それでは…」


  役目を全うした魔怨者は、膝をついている体勢から立ち上がり一礼すると、カエレスティスの前から姿を消していった。
  そしてカエレスティスは、目の前に映っている光景を真剣な眼差しで見つめる。
  その中に、人際惹かれるモノがいた。


カエレスティス
「!これは…天空神!」


  そう、目の前に広がっている光景とは、先ほど魔怨者によって傷だらけになり、意識を失って倒れているフレイ達の事であった。
  その中にいる天空神―ネリアの存在に気が付いたカエレスティスは、暫し考え込むように静かになった。
  するとある事に気が付いた。ネリアはフレイの手を握りしめながら倒れているのだ。
  二人の光景を暫し見つめながら、1分は経っていないだろう。閉じていた口を開いた。


カエレスティス
「…早速、あれを試してみようか」


  すこし嬉しそうにカエレスティスが呟いた直後、背中にある結晶が急に眩く輝きだした。
  光が祠を包み込んだ瞬間、視界が白に染まっていった。





***************





ネリア
「ん…んぅ…ッ」


  急に襲ってきた頭痛と共に意識を取り戻した。
  瞑っている目をゆっくりと開けると、驚きの光景が目の前に広がっていた。



ネリア
「な…ッ!?こ、此処は何処なのだ…?!」


  天には虹色に輝く空が広がっていた。
  床は白く鏡のように己を映し出す水晶の床。まるでそれは、凍った湖の上にいるような感覚に陥るほどであった。
  だが不思議と冷たくなく…どこか暖かく懐かしく感じてしまう。
  そんな理解不能な場所にいる自分に動揺を隠せない中、ふと左を向いた瞬間とある気配にネリアは気が付いた。


ネリア
「!フレイ!!」


  それは、尚も意識を失って倒れているフレイの姿であった。
  ネリアはフレイの意識を取り戻そうと必死に身体を揺らす。


フレイ
「ぅ…痛ッ!―んぁ、なんだァ…此処は…ッ?」


  無事意識を取り戻したフレイは重い頭を抑えながらも身体を起こすと、へたりと座り込むような体制となった。
  それからのフレイは、ネリアと同じことを言っていた。当然の反応である。


ネリア
「…私達は魔怨者によって倒されたのだな」
フレイ
「ぁあ…だとすると、此処はもしかして…―」

『二人の思っている通りだ』

ネリア
「!?だ、誰だ!」


  突然、脳に直接声が聞こえる現象に見舞われた。


フレイ
「どこに居やがるてめ―…ッ?!」

  だれか近くにいるのではないかと、周囲を見回そうとフレイは後ろを振り向いた瞬間、絶句して言葉を途中で止めてしまう。
  彼の反応を不安に思ったネリアは、彼に釣られて後ろを振り向くと、彼女も目を見開いて絶句すると、瞳を震わせながら“それ”を見つめた。
  頬から滴り落ちる汗、震える身体、瞳。信じがたい光景に、二人は己の目を疑った。



ネリア
「アルヴォンド!ウォード!!皆!!」
フレイ
「グリュエル騎士団の奴らも…!やっぱり天空世界(スカイピア)に来てたんだな…ッ」


  ネリアの2倍ほどの大きさもあろう白く透明な結晶一つひとつに、仲間たちが…天空世界(スカイピア)に来ていたグリュエル騎士団が閉じ込められていた。
  なんとも言い表しがたい気持ちに、二人は苦痛に顔を歪ませる。


『此処は私の浄化場所だ。まぁ、天空神が御身を全う出来なくなるまでは…決してこのような使い道ではなかったのだがな』


  再び脳に訴えかけてくる言葉に、ネリアは酷く胸を痛めた。
  ネリアが天空世界にいなくなったせいで、天空世界の人々は酷い目にあっていることを…己の役目の責任がいかなるものなのか、今目にしている光景で証明されてしまっているからだ。
  ネリアは血が出そうなほど、きつく手を握りしめる。それをフレイは切ない表情を浮かべて見つめていた。フレイは声に反抗したかったが、こればっかりは出来なかった。
  それは、声のいう事があまりにも正しいからであった。確かにネリアがこの世界からいなくならなければ、カエレスティスがこのような方法を用いずとも均衡を保てることが出来たからだ。でも、その環境を、役目を全て奪ったシエル国王のせいで失ってしまった。
  もしフレイが天空世界にいてネリアと出会っていて、彼女を助ける事が出来ていれば…こんな状況にはならなかったのではないか?やり場のない気持ちが募っていく。




ネリア
「…いかに自分が情けないのか、私が一番理解しておる。フレイ達との旅を通じて、世界の事も何も知らないと痛感したからのぅ。だが私は、それに気付かせてくれたフレイを…仲間たちを、敵ではあるがいつか理解し合える時がくるであろうグリュエル騎士団を、世界中のヒトの生活と命を守る為に逃げるわけにはいかぬのだ。私はこの責任をとる為に、こうやって旅をしている。世界の平和を取り戻す為にのぅ…!」


  顔を上げ声に向かって叫んで訴えるネリアの瞳は、揺るがず真っ直ぐであった。ネリアの気迫に圧倒されるフレイ。それに負けじと、切ない表情を浮かべていたフレイは笑顔を見せると、ネリアより先に前へと出て、声に向かって問いかけた。


フレイ
「なぁ…お前はどうしてこんなことすンだ?どうしてヒトの命を使って世界を護ろうと思ったんだよ」


  緊迫した空気が流れるが、それをすかさず声が切った。


『…私には世界中に散らばる蝕死力(ブラジェーラ)に眠る声を聞き取る能力を持っている。それゆえ、何年経ってもヒトは同じ過ちを繰り返し、直そうとしない廃れた気持ちが嫌になってな…世界中に居るありとあらゆるヒトが嫌いになってしまったのだよ』
フレイ
「……ッ」
『誰しも忘れたい過去がある…それを知った時、それでもお前らはその者達と共に歩みたいと…そう思えるのか?』


  声の言葉を聞き、フレイとネリアは視線を合わせて頷いた後、手をつなぎ真剣な眼差しで天を仰ぐと、大きな声で誓いの言葉を述べる。


ネリア
「私達には築き上げてきた、大きな絆というモノがある」
フレイ
「今までオレ達は沢山喧嘩したし、裏切られたし、泣いたり死にたくなったりもした。でも…それがあったから俺たちは此処まで来れたし、仲間を信頼することが出来るんだ。だからオレは…どんな過去を知った所で、見放すようなことは絶対しねェよ」
ネリア
「私も同じだ」


一ミリも揺るがない二人の決意を知り、声は淡々とこう彼らに告げた。


『ならば…二人に試練を与えよう』
ネリア
「試練…だと?」
『ぁあ。結晶に眠る者共は皆重たい過去を背負っている。ゆえにそれを拒否したい気持ちが奥底に眠ってるのだ。その気持ちを利用した…理想世界を描いた夢を彼らは見ている』
フレイ
「理想世界だって…ッ?!」
『誰だってあるはずだ。お主こそ、死んだ両親と一緒に暮らしたいと思う時があるだろう?』
フレイ
「!そ…それは…ッ」
『否定できまい。だれしもその想いを抱く。そんな彼らを…過去に縛り付けられて前に進む事が出来ない仲間たちの精神世界へとこれから飛んでもらう事となる。そして仲間を全員救い出すことに成功したら、生きて返そう。だが…一人救えない者が出た場合…容赦なく殺させて頂こう』


  試練の内容を聞いた二人。
  フレイは一瞬動揺し顔を俯いたが、最後まで声の話を聞いた後、真剣な表情へと戻すと顔を上げる。
  表情でも伺える彼の決意を見たネリアは、フレイへと向いていた顔を前へと向けていった。


フレイ
「オレは今まで皆に助けられてきた。…だから今度は、オレが皆を助ける番になる。ただそれだけの事だ。その試練、乗り超えてやろうじゃねェかッ!!」
ネリア
「ぁあ…フレイの言う通りだ。お主の試練、受けてたとうではないか。―カエレスティス殿」


  二人の変わらなぬ決意を聞いた、声の主であるカエレスティスは鼻で笑う。


カエレスティス
『二人の覚悟とはいかなるものか、楽しみにしているぞ』


  再び視界が白く染まり、二人は仲間たちの精神世界へと飛ばされていった。
  大いなる決意を胸に抱きながら…。




仲間と敵との想いと絆と命、そして未来を賭けた戦いが、ゆっくりと幕を開けた。







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