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白紙の攻略本
Dive in the town

直人は声を失い、機械じかけの人形のように辺りを見渡した。
町行く人は、普通は着ないであろう、まるで中世やもっと前の、いわゆる騎士の鎧や、教会のシスターが着る懺悔服などを、なんの気兼もなしに着ている。
それだけでなく、空を見上げれば、今まで夜だったはずなのに太陽は直人の脳天の真上で照っていて、月は影も見えない。



「おっとごめんよ」



人波が多いせいか、急に、直人の背中に誰かがぶつかってきた。

直人が顔を振り向かせると、そこには見知った顔があった。



「せ、先生!?」



今日の一時限目で居眠りをしていた先生が、上半身裸の格好で立っていた。
下は破れかけた柔道着のようなもので、一見格闘家のようだった。



「お、直人。奇遇だな」



「奇遇、って、先生。先生はどうしてそんなに落ち着いてる?」



「先生はいつでも落ち着いてるぞ。何だ?何かあったのか」



「何かあったか、って?ここ。ここがどこかわからない」



「何言ってるんだ直人。先生たちが長い間暮らしてきた、慣れた町じゃないか」



「えっ」



先生の顔は、誰かを騙そうという顔ではなかった。完全に、何故直人がそう言うのかを、不思議に思っている顔であった。



「それにしても、直人、なんだその服は。現実そのままじゃないか」



「現……実?……夢……」


直人はふと思った。
思うと、合点がいった。
これは夢に相違ない。

そうであればなんの不思議もない。睡夢は不思議であって初めて本質的に睡夢になる。
直人はそう思った。



「夢。夢か。そうか、淳の言葉、あれに影響された。少し考えすぎていたみたい」



直人は先生を背にして歩き始めた。
鮮烈な夢の一部だと決めつけた町中を、少年は少し楽しげに進み始めた。







直人は中世のような町を歩き回った。

アンティークショップでは魔術書が当たり前のように取引され、酒場ではいかめしい男たちが顔を並べ、メインストリートを直進した先にある大きな白色の王城は誇らしげにその赤屋根を見せ付けていた。



また、武器を取り扱う店では一切飾りのない本物の人斬り包丁に触れさせてもらったり、大きなマンホールのような盾を持たせてもらったりした。



店主たちは何故か直人のことを知ってるようで、初対面なのに「いつものやつ、入ってるよ」などと声をかけてきた。
そのおかげで、知らないはずの彼らとも、直人はすぐに打ち解けることができた。


直人は町の探検の最後に、歩き回っている間によく噂を聞いたために気になっていた、町の中央にある大きなドーム状の建物に入った。



建物の中には大勢の武器を携えた人々が、鋭い目つきで何かをじっと待っていた。



「お、いたいた。おい、直人」



不意に、直人の背後から若々しい青年の声がした。直人には、それが誰のものであるのかがすぐわかった。



「多一。お前もここにきていたのか」



「はぁ?そういう予定だったろ」



えらくコテコテの、神父様のような紺色の衣装に身を包んだ北王寺が、建物の入り口に立っていた。

彼はどこか慌てていたようだったが、直人の姿を見て、一つ安心したように溜め息をついた。



「探したぞ。お前試合10前になってもこねぇんだもん。時間厳守、五分前行動を心掛けよ!」



「え?試合?」



「はぁ?確か、今日だろ。今日はお前にリベンジしたい相手がいるからって、闘技場の午後のフリータイムを30分借りただろう?」



「な、なんのことだかさっぱり。っていうか、リベンジって」



「いいから、早く着替えて試合だ。いくぞ」



北王寺は直人の腕をぐいと掴むと、一目散に建物の内部深くへと直人を引っ張っていった。







直人は困惑を深める。

自分の立っている場所の意味が、まったく理解できない。
溢れんばかりの声援、自分を「剣聖」などだとはやしたてるように呼ぶ観客、自分を見てはぎしりを立てる目の前の中年。


野球グラウンドより一回り小さな砂地に、直人と中年男の二人だけが立っている。


また、ここにくるまでに北王寺から受け取った剣は、紛れもなく真剣であり、少し擦っただけで直人の指の皮膚を裂くほどのもので、衣装も動きやすい革製のものに着替を強制された。



まるで直人が闘士にでもなったかのように、事態は動いていた。



「白い剣聖、ナオト。いつしかの恨み、今日まで消えずなり」



中年男は直人を睨みつけて目線をまったくそらさない。眼球には多量に血が走っており、充血して赤く染まっていた。



「う、恨み?なんのことですか」



「とぼけざれ。暗裏の職を暴かれ、行き場を無くした影の行く末なぞ、輝かしい白い剣聖にはわかるまじ」



男は足をがたがたと震わせ、今にもとびかかろうかという様子で直人を直視している。
彼の手には屶のような刃物。
直人の額に汗が多く滲んだ。



「な、なんだかよくわからないけど、見に覚えがない。人違いかも」



「シラを切るか。しかし、これは貴様に相違あるまい」



男は懐から一枚のぼろ紙を取り出した。そこには、男を連行する直人の姿が写されていた。



「確かに俺……」



「刑期も終えた。貴様も挑戦を受けた。剣交えるに奇異なし」



「……でも、これは一年も昔の新聞。この人は執念深いを通り越して女々しい」



直人のぼそり声が聞こえたらしく、中年男は目付きを変えた。獲物を狙う鷹のような、鋭く敵意を露にした目付きだった。



「交戦に差し支えなし」



中年男は刃物を振り上げた。大きく、太陽の光を反射させるように。



「ま、待っ――」



刃は止まらない。


直人は太陽光で目をくらませながらも、咄差に転げなからそれをかわし、地面に尻をついて中年男を見上げた。



今までに見たことのない、えぐるような衝撃が胸に走った。
感じたことのない不穏がそこにあった。



射殺すような視線。

本当に、男は自分を恨んでいるという自覚。



「あ……あ、あ――」



直人は心臓の博道が明らかに速くなるのを感じ、呼吸を切らせた。



しかし、会場は突然の出来事に沸いていた。
彼らは躊躇なく歓声を上げ、空に拳を突き上げ、直人を混乱の境地に突き落とす。



「死にたいか剣聖。そうでなければ剣を抜け」



「お、俺は剣聖なんかじゃない。ただの学生だ。剣なんか、抜けない」



「貴様、それは戯言か。学生なぞ百も承知、それに加えた剣聖であろう」



「大体、なんなんですか、剣聖って」



「自分のクラスも忘れたか。どこまでも戯言を好くやつだ」



そう言って、また男は刃物を振り上げる。



「抜け、ナオト」



直線軌道で直人を捉えていた。尻餅を突きながらではとてもかわせるものではない。


直人は咄差に腰の剣の柄を握り、鞘から引き抜き、男の刃物を受け止めた。



強烈な衝撃が両手の骨にまで響く。しかし、地面があるおかげで男と直人の力は拮抗した。



そのとき、観客席から、
北王寺が飛び出してきた。


「直人!何してる、早く決めろ!」



「決めろだって?無理言うな、この男……すごい腕力――」



「閃手だ。閃手を使え!」



「閃手?」



直人は首を傾げた。

その言葉を聞いた男は、顔を焦りに染め素早く直人から離れた。



「閃手……。以前はそれでやられたり。我が目に捉ええぬ剛剣、未だ破る策なし」



男は体勢を立て直し、直人に刃物の切っ先を向け構えた。



直人もみよう見まねで剣を構える。ハッタリだと気付かれないように、唇をキュッと噛んだ。



男は直人に詰め寄ると、激しく斬りかかってきた。

直人はそれを辛うじて剣で弾き、避け、くぐり抜け、逃げ続ける。



直人に、5キロはあろうかという剣を自分から振り出す余裕などなかった。



しかしとうとう追い詰められ、剣を弾かれ、刃物を喉元につきつけられてしまう。



「ぬるく浅ましきよ、ナオト。何故、閃手その他を出さぬ」



「閃手なんか知らない……!俺は剣聖なんかじゃない……!」



「血迷うか。ならばここに散れ」



男は最後の刃物を振り上げた。

直人に、自ら身を守る力など残っていない。



「伏してなお歯向かうか」


どこからともなく、男を止めようとするかのようなタイミングで、声が響いた。辺りが騒然として、そしてしんと黙りきる。



男は手を止め、辺りを見渡した。



男の目の流れは、闘技場中央で止まった。



一人、黒き装束を纏い、黒き刃を持つ剣を携え、黒き髪をなびかせる男が立っていた。



直人はその顔を見て表情がこわばった。



場内を飲み込まんばかりの存在感が、直人を刺激した。



「俺……?」



直人とまるで瓜二つの容姿をした剣士が、そこに立っていた。

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