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分断された海の片隅で:隻眼ヲ級の証言/Emily's Report ZERO若しくは序章
隻眼ヲ級(の分霊)、月夜に叫ぶ
2###/##/##:後部飛行甲板上・隻眼ヲ級擬艦化形態・公海上・太平洋


 「そうか…どんな物であれ、そう言い切れる思い出、いや経験があるのは羨ましい物だな。」

 そうアルフレッドに告げる隻眼ヲ級(分霊)の顔はどこか寂しげであった。

 「私自身の存在自体が数年前から一年位前と云える位曖昧且つ新しい物であろうからな。」

 今度は隻眼ヲ級(分霊)がアルフレッドの自分語りをした返礼と言わんばかりに自らを語り始める。

 「最も深海棲艦自体が近年の人々の無意識の望みが一種の願望器の様な物に注がれて生まれた様な存在なのだから仕方の無い所か。」

 寂しげな笑みをアルフレッドに向けながら前置く隻眼ヲ級(分霊)。
 何か重要な事をさらっと言ってのけた様な気もするのは気のせいだろうか。

 「で、鮮明に憶えている範囲内で一番古いのはとある艦娘に左目を吹き飛ばされた事か。」

 隻眼ヲ級(分霊)は今の自らの由来と思われる記憶を手繰り寄せる様に思い出し、アルフレッドに告げる。

 「…そうだ、思い出したぞ。」

 そうアルフレッドの前で呟く隻眼ヲ級(分霊)の口元が苦痛を感じた時の様に歪む。

 「その後あれだけ戦略と戦術を駆使して万全を尽くしたのに、いきなり何も出来なくなって棒立ちのまま自らと同胞、そして拠点が一方的に全滅させられたのだ。」

 気が付けば隻眼ヲ級(分霊)の顔は左目周辺が抉り取られた様になっており、その中を伺い知る事はアルフレッドには出来なかった。
 暗闇の中央が青白くぼんやりと光りながら青白い炎を纏う様に吹き出している、その個体名の由来となっている顔の、眉間には皺が寄っていた。

 「あの日に受けた理不尽と屈辱への怒り、それだけは…それだけは忘れたくとも忘れる事が出来ない、あんな理不尽を納得する事等出来はしない、いや出来てたまるか!」

 隻眼ヲ級(分霊)は月明かりの下、抉り取られた左目周辺に灯っている炎を一段と大きく噴き出させながら夜空を見上げる様に上を向きながら有らん限りに叫ぶ。
 それはアルフレッドが初めて目にした隻眼ヲ級(分霊)の負の感情の発露でもあった。

 「…いや、済まない、醜態を晒したな…少し待て。」
 「いや、そのままで良い。」

 何とも言えない表情のアルフレッドに気付くと共に自らが冷静さを欠いていた事に気付いたのか、隻眼ヲ級(分霊)が顔を取り繕い直そうとするのをアルフレッドが制する。
 彼にしてみれば幻想世界でより凶悪な外観の存在とも戦っていたのだから、隻眼ヲ級(分霊)程度なら慣れればどうという事は無いのかも知れない。
 或いはエミリーと身体を共有している今の状態にも平然としている様にも見える深海棲艦の特異個体の、在るがままを知りたいと云う知的欲求がそうさせたのかもしれない。

 「そう言ってくれると助かる。」

 その事を彼なりの気遣いだと解釈したのか、隻眼ヲ級(分霊)は寄しくも先刻のアルフレッドと同じ言葉で礼を述べる。

 「それからはかの理不尽が何に因る物なのかを把握し、それをはね除けれるだけの力を得る為に深海棲艦側の様々な艦隊や泊地をさながらつい最近までのお前の様に転々としていた。」

 隻眼ヲ級(分霊)は本来の顔のまま淡々とその後の自身がどうしたのかを紡ぎ出す。

 「その過程で深海棲艦側での人間側で云う所の人脈を得られたし、色々知る事も出来た。」

 どうやら深海棲艦側の各泊地を転々としたのは彼女にとって多大に得る物が有った様だ。

 「後は最初にエミリーが話した通りだ、正直更なる力を得ようとしたら更なる力にされるとは思わなかったが。」

 どうやらエミリーとの一件も想定外だったようだが、何時もの平然とした表情から察するに今(度)はそれ程嫌な事、という訳では無いのかも知れない。
 最もこの時のアルフレッドにしてみればその辺りは知りようも無いのだが。

 「私の自分語りはこんな所かな。」

 隻眼ヲ級(分霊)はその言葉で自らの経歴語りを締め括ると、深く抉れた左目周辺を隠す様に自身の左手を翳す。
 左手の向こう側で光が集まって抉れている部分を埋めながら青白い炎が収まって行く。
 それから程無くして隻眼ヲ級(分霊)が自身の左手を退けると左目周辺は完全に塞がっており、その顔立ちは通常の空母ヲ級のそれとなっていた。

 「少し気が楽になったよ、有難う。」

 自らの顔を取り繕い終えた隻眼ヲ級(分霊)は唐突に口元に軽く笑みを浮かべながら感謝の言葉をアルフレッドに投げ掛ける。
 それは久方ぶり、いやもしかしたら初めて思うがままに話せた事に対して無意識に出た言葉だったのかも知れない。

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