赤木




「お前、いったいどこをほっつき歩いてたんだ」

 顔を見るなり大声をあげた男の、驚きと安堵と呆れが複雑に入り混じった表情に、赤木は仄かに口角をつり上げた。

「笑い事じゃねえよ、ったく……こちとら、ずいぶんあちこち探し回ったんだぜ。ついに徘徊癖でも出ちまったんじゃねえかってよ」
「悪かったよ」

 苦りきった男の言葉を遮るようにして、赤木は上がり框に足をかける。
 男が仁王立ちのまま、もの言いたげな視線を寄越してきたが、赤木はなにも言わずに男の側を通り過ぎ、奥の部屋へと向かった。



 ちいさな部屋の、安楽椅子に深く背を預けて座る。
 静かな空間。いつの間にか日は傾き、カラスの鳴く声だけが、遠くから聞こえる。
 赤木は目を閉じ、深く息を吐いた。

 しばらくそうしたのち、赤木は目を開け、サイドテーブルのタバコに手を伸ばす。
 だがそこで、ちらりと袖口から覗いた色に、目が留まり、動きを止めた。

 右の手首を、ゆっくりと目の高さまで持ち上げ、そこをぐるりと囲むようについた赤い痕を眺める。

 ふっと、穏やかに目許をやわらげ、

「……消えなきゃ、いいのにな」

 そう呟いて、その赤い痕にそっと唇を寄せた。


 聞くものなど誰もいない空間で、祈るように静かな赤木の声は、きりりと冷たい秋の空気にすっと溶け、消えた。




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