影・2



 その男とアカギとは、コンビニで出会った。

 煙草を買うためにアカギがたまたま立ち寄ったコンビニの、店員として働いていたのがその男だったのだ。

 まっすぐレジに向かったアカギが銘柄を告げると、男はぼそぼそと返事をしてから後ろの棚を探っていた。
 ハイライトのカートンを手に戻り、こちらでよろしいですか、と確認するときに初めてアカギの風体をまともに見たのか、一瞬ギョッとしたような顔をしていたが、すぐに目を逸らしてレジ打ちを始めた。
 奇抜な髪色に驚いたのだろうが、東京では総白髪など足許にも及ばぬような変わった髪色も多いから、別段深く気にも止まらなかったのだろう。アカギにしても、奇異の目で見られることには慣れっこだから、店員の態度を当たり前のように受け流し、会計を済ませた。

 だが、釣り銭を受け取ろうとアカギが手を伸ばした際、男はふたたび面食らったような顔で固まった。
 軽く見開かれた吊り目の双眸が、レジカウンターの上のアカギの手に釘付けになっている。
 その視線を追い、この男、気がついたなとアカギは思った。男の両目はアカギの手ではなく、その下に落ちる影を見ていたのだ。

 今まで、アカギの影の異様な薄さに気がついた人間はほんの数人、片手で余るほどしか居なかった。
 目線を上げ、アカギは男の姿を正面から見る。黒い長髪、裂けたような大きい目が特徴的ではあるが、どこにでもいるような平凡な男だった。ドアを出て数歩歩けばもうその顔を忘れてしまうような、至って普通の青年。

 男が固まっていたのはほんの数秒のことで、すぐになにごともなかったかのようにアカギに釣り銭を手渡した。
 アカギも黙ったままそれを受け取り、ありがとうございました、という声を背に店をあとにした。


 封を切ってタバコを咥えながら、アカギは男の反応を思い出す。他人に気づかれたのは、本当に久しぶりのことだった。今まで気づいた数少ない人間との間に、なにか共通項があるだろうかと考えたが、思い当たらなかった。極端に数が少ない割に、年齢も性別もバラバラだった。

 大多数の人間が気づかない己の事実に、気がついたからといってアカギがその男に興味を持つわけではなかった。ただ、普段ならすぐに忘れてしまうような、常連でもないコンビニ店員の顔が、アカギの記憶にわずか留まった。
 たったそれだけのことだった。このときは、まだ。



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