無駄 賢者タイムの話 カイジ視点



 体の奥に熱いモノが放たれて、男の背中に思わず爪を立ててしがみつく。

 射精しながら、男はオレの首筋を、なんども緩く噛んでいる。漏れる荒い吐息が、あたたかくてこそばゆい。
 頬に当たる、白い髪がしっとりと濡れている。汗、かいたのか。珍しい。

 体の中で暴れながら粘液を吐き出していた肉棒がようやくおとなしくなり、男が深く息をつく。
 強くしがみついていた腕をそっと緩めると、男は自身を抜き、起き上がってティッシュの箱を引き寄せた。
 ぬらぬらと濡れた肉棒を無造作に拭う男に、黙ったまま手を差し出すと、薄い紙を四、五枚抜き取って渡される。

 仰向けのまま孔の周りを軽く拭き、ゆっくりと体を起こして、溢れ出てくる精液をティッシュの中に受け止める。
 垂れ落ちてこない程度に男の精液を出しきったあと、薄っぺらい紙の上に目を落とす。
 澱粉のりに似た白い液体を眺めながら、『無駄だよなぁ』なんて、思った。

 こいつ、なんでオレみたいなのと寝てんだろ。
 自分の方の処理をとっくに終え、早々に寝間着を着込み始めている男を見る。
 強いし金持ってるし、ルックスだってそう悪くない。
 なのにオレみたいな『男』と付き合って、あまつさえセックスまでして、無駄に子種を消費して。
 オレが強制してるわけじゃない、こいつが好きで無駄やってるんだと言い聞かせても、奇妙な申し訳なさが拭い去れず、気分が沈んでいく。

 行為の熱が冷めると、脳味噌は急激に冷静さを取り戻していく。
 快楽に飛んでいた思考が一気に回り始めた結果、こんな風に、余計なことを考えてしまう。
 たちの悪いことに、その思考は決まって、益体もない罪悪感を伴っている。

 この瞬間が、オレはどうにも苦手だった。
 イった充足感の中でそのまま眠りにつければ、こんなことうだうだと考えなくて済むんだろうけど、後処理しないと明日が辛いのが目に見えてるから、それはできない。

 腰が重くて体が気怠いのが、思考の暗さに拍車をかけている気がする。
 どんよりしていると、いきなり頭を容赦なくはたかれた。
「……ってぇ!?」
 思わず顔を上げる。本当に、加減のカの字もないような叩き方だったので、あまりの痛みに涙が滲んだ。
 なにすんだよ、と噛みつこうとして、男の冷たい視線とかち合う。
 たちまちに言葉を飲み込むオレに、男は無言の圧力を感じさせる目線で問いかけてくる。

 なに考えてたの、と。

 いつもならすぐに丸めて捨てるはずの、ザーメン入ったティッシュなんかをつくづくと眺めたりしてるから、不審がられたのだ。
 しまった、と思っても、もう遅い。

『なんでもない』なんて誤魔化しは許さないと、鋭い目にグサグサ釘を刺され、オレは早々に白旗を揚げた。
「……無駄だなぁ、とか……思って……」
 ぼそりとそれだけ呟いて、男の顔を見る。
 圧倒的に言葉が足らなかったが、神懸かり的に聡い男には、オレの考えていたことがおおよそわかってしまったらしい。

 男はふっと息をつき、オレの顔を見て問いかける。

「……そう。じゃあ、もうやめる? こんなこと」
「えっ!?」

 反射的に口から零れ出た声は、自分の耳にさえ、ずいぶん焦っているみたいに響いた。
 一拍おいて、カッと頬が熱くなっていく。
 男はむかつく顔でニヤニヤ笑いながら、オレを眺めていた。
 くそっ……この悪漢めっ……!!
 逆恨みのように男を睨めつけていると、しょうもない、とでも言いたげに欠伸をしながら、男が言った。

「コレ含めて……あんたとすることで『無駄だ』って思うことなんて、オレにはいっこもないよ」

 こともなげにそう言って、硬直しているオレに視線を投げてくる。
「……あんたの方は、どうだか知らねえけど」
 ぼそりと呟かれ、オレは慌てて首を横に振る。
「おっ……オレだって、無駄だなんて思ったことねえよっ……!」
 叫ぶようにそう言ってから、ふと気がついた。

 オレはこいつに無駄させて悪いと思ってたけど、『男』と寝て、精液を吐き出しているという立場は、オレの方だって同じなのだ。
 だけどオレは、自分のことに関しては『無駄だ』なんていっさい思ったことないし、そんなこと、今まで頭を過ぎりすらしなかった。

「それなら、いいじゃない……。今まで通りで」
 呆然とするオレを余所に、大きく伸びをしながら男は言い、「もう寝ようぜ」と付け加える。

 いい? いい……のか? 今まで通りで。
 こいつがいいって言ってるんだから、いい、のか。

 なんだかあまりにも普段通りな男の様子に、自分だけ取り残されたみたいな気分になって、呆けたようにぽかんとしてしまう。

 なにか、言わなければいけないことがあるような気がしたけど、男が眠そうな顔でもぞもぞと布団に包まるのを見て、オレは言葉で伝えるのをやめにして、男の体に腕を回してそろそろと抱きついてみた。





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