「初恋ってのは実らないらしい」 しげ→カイ カイジ視点 ほのぼの



「ふーん……で?」

 話を聞いているのかいないのか、しげるはつんとした態度でそう訊き返してきた。
「あんた、なにが言いたいわけ?」
 頬杖ついて、小馬鹿にしたような目でオレを見つめるしげる。
 その尊大な態度を見ていると、さっきその口から聞いた告白が、本当にオレに向けられたものだったのか、どうにも怪しく思われてくる。

 完全にイニシアチブを取られている場の空気を仕切り直すように、オレは咳払いしてから、つとめて冷静に言った。
「だから……それくらい、初めての恋ってのは冷めやすいってことなんだよ。ましてお前のそれは、普通じゃない、っていうか……」
 八つも年上の、しかも同性に告白とか。マジありえねえって。
 常識的に考えろって言おうとして、こいつはそういう枠組みの外にいるってことを思い出し、言葉がため息に変わった。

 しげるは相変わらずオレの顔をじっと見つめている。
 告白を受けた直後だからか、いつもなら平気なその視線にも、妙にたじろいでしまう。

「こんなのは、一時の気の迷いなんだって……お前も、きっとすぐに忘れちまうよ。オレに……その……」
「『好きだ』って言ったことも?」
「ぐっ……そ、そうっ……」
 そうだけどっ……!
 そんなストレートに、軽々しく言うもんじゃねえんだよ、その言葉はっ……!

 オレがしげるを諭しているはずなのに、なんでオレがこんなにテンパってて、しげるはあんなに余裕ぶっこいてるんだよ。
 これだから常識の通じねぇ奴はと、逆恨みのようにしげるをぐっと睨みつけると、しげるは猫のように目を細めた。

「いいね、その顔……そそる」
「はぁっ……!?」

 思わず間抜けな声が出てしまう。
「お前オレの話聞いてた……?」
 やたらな早口で怒鳴る。
 顔が熱い。しどろもどろっていうのはこういう状態のことを言うんだろう。
 聞いてたよ、と腹の立つほど冷静な声で言って、しげるは片頬を吊り上げる。
「初恋ってのは実らないんだろ? ……一般論では」
 しまった。
 コイツがそういうものなんかじゃ縛れっこないって、嫌というほどわかってたはずなのに、オレはこの話のはじめっから、『初恋は実らない』っていう一般論を拠り所にして話を進めちまってる。
 道理で、しげるが露ほども動じていないわけだ。
 相手にとってまったく効果のない、透明な武器で攻撃していたようなものなのだから。

 今さらそんなことに気がついた間抜けなオレを、しげるはニヤリと笑って見る。
「でも関係ねぇな、そんなことは……。むしろ、障害は多い方が燃える。博打でもなんでも。あんただって、そのクチだろう?」
 いやいや、博打と一緒にすんなって……。
 仮にお前がそうだとしても、オレは違うんだよ。
 冒険なんかしなくてもいい、こういうことは普通でいいんだよ、普通で。間違っても八歳年下の男と色恋沙汰なんて、そんなことーー

 思考を遮るように、しげるが身を乗り出してオレの顔を覗き込んできた。

「実らないっていうんなら、力尽くでも実らせてやる。……ぜったいあんたを、オレのものにしてやるから」

 真顔で囁かれて、背筋がゾワゾワした。
 黒い双眸に魅入られたように、じりとも動けない。

 マズい。
 コイツが本気になれば、実るはずのない花でさえ実を結ぶような気がしてくる。



 密かに冷や汗を流すオレをじっくりと嘗めるように見たあと、クスリと笑ってしげるは体を退いた。
 途端に空気が弛み、オレは深く安堵のため息をつく。

 さっきは確かに底知れない化け物に見えたのに、今、目の前にいるのは弱冠十三歳の、オレのよく知る赤木しげるという名の少年で、瞬きする間の豹変ぶりに、オレは首後ろをボリボリと掻く。

「……厄介な奴に惚れられちまったもんだなぁ」
 思わず本音を零れさすと、しげるはすました顔で言う。
「今ごろ気がついたの? でももう、遅いよ。……あんた、オレを本気にさせちまった」

 鼓膜を擽るような笑い声は、鈴のように澄んだ響きで空気を揺らす。
 今まで聞いたことのないその声を聴いた瞬間、ああ、コイツは本気でオレに惚れてるんだな、ってことがなんとなくわかっちまって、不本意にも熱くなっていく頬を、隠すのにとても苦労した。






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