花一匁



「なにを見てるの?」
 開け放した窓辺で下を見下ろしているカイジに、しげるが話しかけた。
 返事がくる前に近づいて隣に立ち、その目線の先を追うと、等間隔にいくつも並んだ黄色い帽子が見えた。
 窓の下の道路で、小学生がふたつのチームに分かれて、花いちもんめをやっているのだ。


 かってうれしい 花いちもんめ
 まけてくやしい 花いちもんめ


 重そうなランドセルを背負ったまま、男子も女子も混ざり合ってみな抵抗なく手を繋ぎ、道路の幅いっぱいに広がってゲームに興じている。
 ここ数日ずっと降り続いていた雨が、さきほどやっと上がったのだ。
 溜まった鬱憤を晴らすかのような、元気な歌声が聞こえてくる。
 うるさいくらいのその声に、しげるは軽く顔を顰めた。
 するとそれに気づいたカイジが、ニヤリと笑ってしげるの方を見る。
「お前も去年までは、あんな感じのガキだったんだよな」
 しげるの眉間に、くっきりと皺が寄った。
「オレはあんなガキくさい遊びなんか、したことないよ」
 つっけんどんに言ってしまってから、ムキになってるみたいでなんだか余計にガキくさいような気がして、しげるは後悔した。
 案の定、それを聞いたカイジの口角がますますつり上がり、しげるは舌打ちする。
「なんだ。お前友達いなかったのか? 寂しい奴だな」
「……必要なかったから作らなかっただけだよ。あんたと一緒にしないでくれる」
「!!」
 カイジは怒ったような、図星を指されて戸惑ったような妙な表情で口を開いたが、言うべき言葉が見つからないのか、赤い顔で口をぱくぱくさせていた。

 あの子がほしい
 あの子じゃわからん

 のどかな歌声が聞こえてくる。
 形勢逆転、今度はしげるがニヤリと笑い、カイジがむっつりとむくれた。
「……お前って本当、かわいげのねぇガキだよな」
 負け惜しみじみた言葉に、しげるはますます気分良さげにくすりと笑う。
「オレにかわいげなんて必要ないでしょ。かわいいのはあんただけで十分だよ」
 さらりとそんなことを言って、澄ました顔で外を見るしげるに、カイジはいよいよ隠し通せないほど真っ赤な顔になる。
「お前、バカなんじゃねぇの……」
 カイジは一応、成人男性である。
 中坊のガキにかわいいなんて言われるのは、はっきり言って嫌なのである。
 だけど、自分に『かわいい』と言うときのしげるの表情はけっこう好きだから、カイジは困るのだ。
 くつろいだように目を細め、窓枠に頬杖なんかついてじっと自分を見るしげるの表情。
 このときばかりは、普段の鋭さも完全に形を潜め、見ている方がはっとするほど穏やかな顔を見せるのだ。
 たぶん、当の本人は、自分がそんな顔を晒しているなんて、夢にも思っていないんだろう。

 カイジはしげるのその顔が本当に好きなのだけれど、だからといってあんまり凝視するのも照れるし、『かわいい』なんて言われるのが癪なことには違いないから、毎度どう反応してよいものか困り果ててしまうのである。

 カイジが困ると、しげるはもっともっと嬉しそうな顔をする。
「……お前な、人困らせて楽しむなよ」
「だって、かわいいから」
「……性格悪ぃな」
 ぶつぶつと文句を言うカイジにくくくと可笑しそうに笑い、しげるは頬杖をつくのをやめてカイジの顔を覗き込んだ。
「もしもあんたがクラスメイトだったら、友達になってたかもしれねえな」
 ぽつりと呟かれたその言葉に、驚き見開かれた瞳を見ながら、しげるは続ける。
「……そんで毎日、嫌がらせしたり、からかったりして遊ぶ」
 カイジはどっと疲れたような顔になって、軽くため息をついた。
「あのなー……そういう一方的なのって、友達って言えねぇだろ……」
 すると、しげるは不思議そうな顔で瞬きを繰り返す。
「なんで? だってオレはカイジさんが好きだし、カイジさんだってオレが好きでしょう」
「……」
「なら、友達って言ったって問題ないじゃない」
 カイジはとうとう、押し黙ったままそっぽを向いてしまった。
(あ、照れてる。かわいい)
 その顔をなんとかして見ようと、しげるはさらにカイジに近づく。
「あ、でもさ。あんたかわいいから、きっと友達になっても、すぐにそれ以上のこと、したくなっちまうだろうな」
「……もう、やめろって……」
 弱りきったような声を聞いて、しげるはまた楽しそうに笑う。
 それから、すこしだけ背伸びをすると、内緒話をするみたいにして、傷のある耳にそっと囁いた。

「カイジさんがほしい」

 窓の下からは、相変わらず陽気なはしゃぎ声が聞こえ続けていた。





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