仲直りの方法・4




 ふたりが『絶交』して、ちょうど一週間。
 アカギはカイジの家に向かうべく、ボロアパートへの道のりを歩いていた。
 目的は、もちろんカイジと『仲直り』して、情緒の安定を取り戻すためである。



 はじめは、そう頻繁に会う間柄ではないし、次会ったときにはお互い、こんな喧嘩なんて忘れていつも通りの関係に戻れるだろうと気楽に考えていた。
 でも、ダメだった。『絶交』されたままのカイジのことが気になって気になって、最近やたらとむしゃくしゃするのだ。
 喧嘩やギャンブルなんかでは、この気持ちを晴らすことはできず、むしゃくしゃの根源を断たない限り、精神の平穏は訪れないとアカギは悟った。

 と、いうわけで。
 こうして今、アカギはせっせとカイジのうちに向かって歩いているのである。



 最後の曲がり角にある、タバコの自販機を見て、アカギはふと足を止めた。
 そういえば、ちょうど切らしてたな、と思い出し、アカギはポケットから千円札を出して自販機に入れた。
 紙幣が飲み込まれ、購入ボタンのランプが点る。
 それを見てから、真ん中の段の右下にあるハイライトのボタンを、迷わずに押下しようとした。

 だが。
 アカギがボタンを押すより一瞬早く、横からぬっと伸びてきた手が、いちばん下段のど真ん中にあるボタンを勝手に叩いた。
「……」
 カコン、と箱の落ちる軽い音を聞いてから、アカギは隣を見る。
 そこに立っていたのは、『してやったり』とでも言いたげな顔をした、カイジだった。

「自分がされたら、やな気分だろ?」

 ニヤリと笑うカイジの顔と、まだ点きっぱなしの購入ランプを、アカギは交互に見る。
 カイジの時とは違い、アカギは千円入れているから、このまま続けてハイライトを買うこともできる。
 そうしてやった時のカイジのリアクションが見てみたい気もしたが、今日の目的である『仲直り』からはさらに遠ざかる気がしたので、アカギは釣り銭レバーを下げた。

 返ってきた小銭をポケットに入れ、投下口からタバコを取り出す。
 カイジ御用達の銘柄である、赤マルのパッケージの封を切り、一本咥えて火を点ける。
 果たしてどんな反応をするかと興味津々なカイジに見守られながら、アカギは深く吸い込み、煙を吐き出した。
 そして、軽く目を見開いてから、手中のパッケージに目を落とす。
「マルボロも案外、いけるね……乗り換えちまおうかな」
 割と本気でそう言うアカギに、思惑の外れたカイジは、
「くっ……!」
 などと言いながら歯噛みする。

 悔しげな顔のカイジに、アカギはふっと笑いかけた。
「これで溜飲は下がった?」
「下がるかっ……!」
 すぐさま噛み付いてくるカイジに、
「じゃあこれ、あげるから機嫌直して?」
 と、封を切ったばかりのマルボロを握らせてやると、カイジはうっと言葉を詰まらせたが、
「も、物で釣ろうったって、そうはいかねぇからな……」
 と言いながら、手に提げているコンビニの買い物袋にそそくさとそれを仕舞う。
 その仕草に、ついまた、笑ってしまいそうになるのを堪えつつ、アカギはカイジの方へ空になった右手を差し出した。

「怒らせてごめん。オレが悪かったよ」

 素直に謝るアカギに、カイジは一瞬、ぽかんとする。
「槍でも降ってくるんじゃねえか……?」
 青い空を見上げてぶつぶつとそんなことを言ってから、じっと自分の前に差し出されたままの右手に気がつき、カイジは眉を顰めた。
「……で? なんなんだよ、この手は」
「ヤーさんが言ってた。仲直りには握手だって」
 ……そのヤクザは、一体どういうつもりで、アカギにこんな、明らかに間違った知識を植えつけたのだろう。
 お前もお前で、大人しく植えつけられてんじゃねえよ、とカイジはツッコみたくて仕方なかったが、割と真剣そうなアカギの様子を見て、
「変わったヤクザだな……」
 と、言うだけに留めておいた。

「カイジさん、握手」
 アカギに急かされ、カイジはすこし、赤くなる。
 握手なんて比べ物にならないほど破廉恥なことを普段からしておきながら、いや、だからこそ、こんな子供の遊びみたいな行為がやけに面映ゆく感じる。
 しかし、今回はアカギから謝ってきたわけだし、アカギなりの仲直りの仕方がこの握手なのだから、年上の自分が躊躇っているわけにはいかない。
「いいよ。オレも、大人気なかったしな……」
 まるで『おにいちゃん』ぶるようにそう言って、カイジもそろそろと右手を伸ばす。
 だが、アカギの手のひらと重なる直前で、ぴたりと手を止めた。
「画鋲とか、仕込んでねぇよな……」
「……お望みとあらば、そうしてやるぜ?」
 すっと低くなるアカギの声に、慌ててカイジはアカギの手を握った。

 アカギの掌は冷たく、体温の高いカイジの手からどんどん熱がアカギへと流れていく。
 道行く人の視線から逃れようとするように、自販機の投下口あたりを見るカイジに、
「なんか、違うな……」
 ぼそりとアカギがそう呟いた。

 なにが、とカイジが問い返すより早く、アカギは握ったままのカイジの手を自分の方へ強く引き寄せる。
 そして、大きくバランスを崩しながら自分の傍に来たカイジの頬に、躊躇わず唇を寄せた。
「っ……!?」
 カイジが言葉を失っている間に、アカギはあっという間にカイジから離れ、何事もなかったかのような顔で元通り立っていた。

「これでよし」
 やけにスッキリしたような顔で呟くアカギに対し、カイジは口づけられた頬を押さえながら、真っ赤な顔でぶるぶる震える。
「がっ……!! なっ……!!」
 怒っているのか、泣いているのか、困っているのか。
 もしくは、そのすべてが混ざりあったようなカイジの表情を見て、アカギはすっと目を細める。
 左手に持ったままのマルボロを深く吸い込み、ゆっくりとカイジの顔に煙を吹きかけてやってから、げほげほと噎せかえるカイジにだけ聞こえるような、密やかな声で言う。

「あんたとは『友達』じゃないからさ。握手だけじゃ、なんか物足りなかったんだよね」

 ニヤリと笑い、アカギは踵を返す。
 しばしの放心状態のあと、わあわあと文句を言いながらカイジがアカギを追いかけてゆき、無事仲直りを終えたふたりは賑やかに、家路を歩いていったのであった。





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