仲直りの方法・3


「……というわけで、絶交されたんだ」
「絶交」
 口の中で繰り返し、石川は隣でグラスを傾けるアカギを見る。

 今日はどうやら虫の居所が最悪らしく、いつにも増してエグい勝ち方をしたアカギは、いつにも増してしつこく倍プッシュを迫り、とうとうプライドを投げ捨てた相手が泣き喚いて負けを認めても許さず、ついには相手が廃人のように言語すらおかしくなってしまったところで、見るに見かねた石川が止めに入ってなんとか収拾をつけたのだ。
 それで一応、事は収まったが、当然アカギの気持ちは収まっておらず、陽炎のようにゆらりと漂う黒いオーラを纏ったまま出ていこうとするアカギを、その場にいた全員が全力で止めた。
 今、この男を一人にすることは、飢えたライオンを野放しにすることと同義である。
 ヤクザが街の治安を心配するなど滑稽にもほどがあるが、とにかく石川は、アカギの不機嫌の元を断つべく、行きつけのバーへ飲みに誘ったのだ。

 そして、今、当の本人から苛立ちの原因を聞き出したのだが、石川の感想は、
(下らねぇ……)
 その一言に尽きた。

「絶交とか、ガキの喧嘩じゃあるまいし……」
 思わず石川が呟くと、アカギは今夜初めての笑みを漏らす。
「石川さんも、そう思うだろ?」
『いや、お前のやったことも大概だぞ』と石川は思ったが、やっとこさ和らぎを見せたアカギの表情がまた険しくなりかねないので、黙っておくことにした。
 グラスを揺すって氷をカラカラ鳴らしながら、アカギは続ける。
「あの人の言う事って、なんかいちいち可笑しいんだよね。だから怒らせるってわかってても、ついからかっちまって」
「なんだ……自分が悪いって自覚はあるのかよ」
 ややホッとする石川に、アカギは微かに頷く。
「でも、だからこそ、あの人も悪い。あんだけおちょくられやすい性格しておいて、こんなつまらねぇことで怒るなんてさ。了見が狭いよね」
「それは、お前が言えたことじゃねえだろ……」
 つけつけと相手の悪口を言うアカギに、石川は深くため息をついた。


(……それにしても)
 小皿に出されたピーナッツをつまみながら、石川は改めてアカギの横顔を見る。

 正直、このアカギに『絶交』できるような友人がいるとは、思ってもみなかった。
 今の話を聞く限りでは、そいつはまだまだケツの青い輩のようで、アカギと対等につき合えるほどの器量があるとは到底、思えない。
 でも、そいつの前では、なぜかアカギまでガキ臭くなってしまうようだから、実は不思議と釣り合いが取れているのかもしれない。
 それに、その人物のことを語るアカギは、不機嫌そうにしながらもどことなく愉しげで、その表情がなによりも如実にその人物に対する気の置けなさを物語っている。

「まぁ……なんだ。お前にも、喧嘩できるほど仲良しな友人がいるんだってわかって、なんだかほっとしたよ」
 石川の言葉に、アカギは眉を寄せる。
「なんで『喧嘩できる』ってことが、『仲良し』だってことになるんだよ」
 感覚的にそこを理解できないのがアカギらしいな、と思いながら、石川は答えてやる。
「……ある程度親しくないと、喧嘩なんかできないだろう?」
 すると、アカギは斜め上へ目線を投げ、考え込む。
「……オレに喧嘩ふっかけてくるヤツの大半は、顔も見たことのねぇヤツだったけど」
「あー、違う違う……今はそういう類の喧嘩の話をしてるわけじゃねえ……というか、話の流れでわかるだろ? ふつう」
「?」
「まぁ、いいさ……」
 頭を軽く押さえながら首を横に振る石川を眺めたあと、アカギはぐいとグラスを干し、バーテンに同じものを注文した。
 それから、ふたたび石川の顔を見て、ぽつりと漏らす。
「仲直りって、どうやってすればいい?」
「仲直り」
 またしても口の中で復唱して、石川はまじまじとアカギを見た。
 絶交だの仲直りだの、今日はアカギの口から『らしくない』言葉ばかりが飛び出る。
 明日辺り、空から槍でも降ってくるんじゃなかろうかなどと思ったが、回答を待つアカギの表情は真剣そのもので、石川もどう答えたものかと逡巡した挙句、
「握手でもすればいいんじゃないか?」
 と、答えた。
「絶交したお友達と仲直りするには、『ごめん』って謝ってから、友情の固い握手。昔っからそう決まってるんだ」
 バカバカしい質問には、バカバカしい答えを返して、相手の目を覚まさせてやるのがいちばんだ。
 そういう意図で『握手』などと答えた石川だったが、アカギが鋭い目でじっと自分を見たまま身じろぎしないので、すこし焦った。
(流石に怒ったか?)
 あまりにも答えがふざけ過ぎただろうか、謝罪するべきか……?
 などと石川があれこれ考えているうち、アカギはカウンターへ向き直り、追加で出されたグラスの中に目を落とす。
「握手か……」
 やけに素直そうな声でぼそりとそう呟いて、グラスを持ち上げて酒を飲み下すアカギに、石川はほっとしたが、今度はべつのことに対する焦りが湧いてくる。
「なぁ、アカギ」
 呼びかけると自分を見てくる双眸は、まるで光明を見出した後のように、さっきまでの怒りをすっかり収め、普段通りの静かな目に戻っていた。

 ーーまさか、本気にしたわけじゃねえだろうな?

 喉元まで出かかったその言葉を、無理やり酒ごと嚥下しようとするように、石川はグラスを大きく傾けた。



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