普通



「案外、普通なんだな」

 まるでひとりごとのようにぽつりとそう言われて、アカギはカイジの顔を見る。
 ちいさなベッドの上。至近距離で視線が合うと、カイジはハッとした顔になって、急にあたふたし始めた。
「えっと、その……べつに、けなしてるってわけじゃなくて……むしろ、ホッとしたっつうか……」
「わかってるよ」
 わずかな沈黙を深読みし、先回りして弁解しようとするカイジを、アカギは静かに遮る。
 アカギはカイジの言葉などなんとも思っていなかったが、カイジはひとつ咳払いし、口篭るようにして話を続けた。
「ほら……お前って、普通のやつじゃねえからさ……こっちもそれなりに、いろいろ、覚悟してたっていうか……」
 背中を丸め、しどろもどろになりながら喋るカイジを見て、アカギはニヤリと笑う。
「『いろいろ』ね」
 ヘッドボードから引き寄せたパッケージからタバコを抜いて咥えつつ、すました顔で問いかけた。
「あんたいったい、どういうのを想像してたの?」
「う……」
 墓穴を掘ったことに気づいたカイジが、カーッと顔を赤らめる。
 剥き出しの首筋や肩のあたりまで、茹で上げたみたいな鮮やかさであっという間に色づいていくのを面白そうに眺めながら、アカギはタバコに火をつけ、深く吸う。
「普通じゃないのが好みなら、次からそうするけど」
 ゆっくりと煙を吐き出しながら、アカギはカイジをわざと真顔でじっと見つめてみる。
 するとカイジはギョッとした顔になり、ものすごい勢いでかぶりを振った。
「い……、いや……っ、普通のでいいっ……!!」
「さっき、したみたいな?」
「そうっ……! さっき……みたいな……」
 相槌を打ちながらなにかを思い出したのか、語尾を徐々に尻窄みに溶かしていくカイジに、アカギは唇を撓めた。
「ねぇカイジさん。『普通の』そんなによかった?」
「し……知らねえっ……!」
 赤い顔のまま怒るカイジを見て、アカギは低く喉を鳴らす。
 怜悧な面差しが、仄かにやわらかくなる。硬い氷が解けるように。
 いつも周囲に見せるシニカルな笑みが、ふたりでいるときだけはちょっと形を潜めて、まるで『普通』の、どこにでもいるような青年みたいに笑うのだった。



 

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