うしろめたい 短文



 どうしたの、と振り向いて声をかけられ、カイジは我に返った。

 月曜日の黄昏時、ひっそりとした裏通りは閑散としている。
 ただ、ほとんどいない、というだけで、人の姿はちらほらと目につく。
 下品なほど派手派手しいネオンサインに照らし出されるシルエット。そのほとんどが男女のカップルで、縺れ合うようにして蛍光色の毒々しい看板の下に吸い込まれていく。

 喉仏を上下させ、カイジは目を伏せた。針の筵とは、こんな心地のことをいうのだろう。
 寒々しく寂れているとはいえ、ホテル街を中学生と歩いているという事実がいたたまれなくて、相手がいかな悪漢で、裏社会でも一目置かれて置かれている存在だとしても、堂々と闊歩するなんてどだい無理なのである。

 その後ろめたさがカイジの足を鈍らせ、いつの間にか遥か後ろを歩いていた自分を怪訝そうに振り返るしげるの顔すらまともに見ることができなくて、カイジはうっすらと目を伏せる。

 寸の間ののち、ため息のような苦笑。
 ゆっくりと足音が近づいてきて、カイジは全身を緊張させる。
 俯いた視界の中に踏み込んでくる、丈の余るジーンズの裾と、白いスニーカーの足許。

「なんて顔してるの」

 深く俯いた顔を、少し背を屈めるようにして覗き込まれ、嫌そうにカイジが顔を背けると、しげるは喉奥で笑う。

「ひでえな。オレにこんな格好までさせて、ここへ連れてきたのはあんただろ。それなのに、まるで他人みたいな顔して、オレを一人で歩かせるなんて」

 愉しそうに自分の浅ましさを指摘されたように感じ、カイジの頬がカッと熱くなる。
 いつもの制服姿で家にやってきたしげるに、わざわざ自分の私服に着替えさせてまでこんな場所へ連れてきたのは、紛れもなくカイジ自身だ。
 互いの想いが通じ合ってしまったが最後、相手が大人になるまで辛抱できなかった理性の脆さと、今更になって後ろめたさに押し潰されそうになっている自分の情けなさに、カイジの目にじわりと涙が滲む。

「いじめたいわけじゃないんだけどな。あんたといると、なんだかいろいろ、歪んじまいそうになるよ」
 言葉の不穏さとは不釣り合いの、やたら軽やかな声で呟いて、しげるはさりげない仕草でカイジの右手に触れる。
 凍るように冷たい指に、カイジの心臓が跳ねた。
 咄嗟に周囲を気にするカイジに、しげるは噛んで含めるように言う。

「オレとこうなること、あんた望んでくれていたんだろ。後ろめたいなら、前だけ見てりゃいい」

 穏やかだが、しっとりと熱を孕んだ声。
 耳からじんわり染み入って、冷えた体を内側からとろかすような、官能的な心地よさに、カイジの体がぶるりと震える。
 思わず漏れたため息すら護摩化しようもなく悩ましげに響いて、カイジは観念したように顔をあげた。

 わかったよ。もう、お前だけ見てる。

 そう答える代わりに掴まれた手を握り返すと、しげるは浅く笑い、ゆっくりと歩き始める。

 ひんやりとした手のひらの感触が、長すぎるシャツの袖に半分も隠れてしまっていることが残念で、早くコイツにちゃんと触りたい、と逸ってしまう気持ちがやっぱり浅ましくて、カイジは痛いくらい唇を噛み締めてしまうのだった。






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