自由研究


 うまそうに喉を鳴らしながらグラスの麦茶を飲み干していくしげるを、ベッドに寝そべったまま、カイジは眺めていた。

 この超然とした子どもは存外、だらしないところがある。
 今だって全裸のまま、口の端から雫をたくさん滴らせながら、勢いよく麦茶を呷っているのだった。
 野生児のようなその仕草に呆れながらも、惜しげもなく晒された白樺のような肢体と、そこを伝い落ちていく雫から、カイジは目を離せないでいた。

 眩しいほど白い喉に、胸に、下腹に、血管のように枝分かれしながら絡みつき、滴り落ちていく幾筋もの雫。
 それは薄暗い部屋の中で、わずかな光を集めて艶かしく光る。

 無意識に唾を飲んでしまい、カイジはうんざりしながらその体から目を逸らした。
「……麦茶くらい、零さないでちゃんと飲め。あとそれ、拭いとけよ」
 ぼそぼそと咎めるように言うと、しげるは空になったグラスを口から離し、自身の体に目を落とす。
 それから、ベッドの傍に立ってヘッドボードにグラスを置くと、カイジを見下ろして言った。
「べつに、このままでも構わないでしょ。どうせ、すぐ乾くんだし」
 しゃあしゃあと言うしげるに、カイジは眉を顰める。
 確かに、蒸し風呂のようなこの部屋でなら、体に垂れた麦茶などあっという間に乾いてしまうだろうが、そのままの姿で居られると、カイジにとって非常に都合が悪いのだ。

 一向に動く気配のないしげるを恨めしそうな顔で一瞥し、カイジはだるい身体に鞭打って起き上がると、ベッドの縁に腰掛ける。
 枕許にぐしゃぐしゃになって打ち捨ててあったタオルを手に取ると、見ているだけで妙な気を起こさせる、悪魔のような体についた水の跡を拭い始めた。

 意外そうに眉を上げるしげるの顔を努めて見ないようにしながら、カイジはやや乱暴に、白く生々しい肌を拭いていく。
 しげるの夏休みが始まってからずっと、倒錯したセックスに耽っていたカイジは、愛撫以外でしげるの体に触れるのが本当に久しぶりだということに気づく。

 思春期の骨格はまだ未発達ながらも、急速に成長していることが、視覚からも触覚からも感じられる。
 シミひとつない若々しい肌は水さえ弾くようで、張りのある感触をカイジの手に伝えてくる。

 八つ年下の中学生の裸体を拭ってやる、ただそれだけの行為だが、ふたりの淫靡な関係が前提として横たわっていることにより、否が応でも不健全さが匂い立ってしまう。
 どんなプレイだよ、と辟易しながらカイジが手を動かしていると、しげるが僅かに首を傾げた。

「……ぷれい?」

 薄い唇から零れた言葉に、カイジはびっくりして飛び上がりそうになった。
 どうやら無意識のうちに、思ったことを口に出してしまっていたらしい。
「は? プ、プレイ? なんだよプレイって」
 慌ててすっとぼけてみても、真っ赤になった顔を誤魔化すことはできず、しげるはクスリと笑った。
「……これって、プレイだったんだ」
 カイジの顔がさらに熱くなり、額に汗が滲んでくる。
 己の迂闊さを呪っても後の祭りで、猫のように目を細めた小さな悪漢が、
「それなら、もっとちゃんと試してみないと」
 などと、軽い口調で宣うものだから、カイジは羞恥と悔しさで泣き出しそうになった。
「試すって……、自由研究じゃねえんだぞっ……」
 しげるの視線から逃れるように俯きながら、へどもどと言い返すカイジ。

 一学期が終わり、しげるがこの部屋に転がり込んできてから、まるで実験でもするかのようにあらゆる手練手管で辱められて、その度に変わる嬌声や体の反応を面白そうに見守られるのが、カイジはずっと居た堪れなかったのだ。

『自由研究』という言い方で遠回しにそれを責めるカイジに、しげるは華奢な肩を揺らして笑った。
「いいね。カイジさんの観察日記でもつけてみようかな」
 口笛でも吹くようにそう言って、しげるは目線の遥か下にあるカイジの頭をやわらかく撫でる。
「七月二十七日。今日も、カイジさんはスケベだった」
 やめろ、と顰め面でカイジがその戯言を遮ると、しげるはうっすらと笑みを浮かべたまま、カイジの頭から手を退けた。
「拭って」
 囁くように言いながら、しげるはカイジの手からタオルを奪ってしまう。
 その意図を一瞬で理解できてしまう自分にほとほと嫌気がさしながらも、蠱惑的に潜められたテノールの囁きに逆らうことなど、今のカイジに出来るはずもなく。
 それでも、犬のように唸りながら躊躇ったあと、カイジは渋々といった風に、しげるの体に顔を近づけた。

 まだしっとりと湿っている白い肌に、舌先をつける。
 ほんのりと感じる麦茶の味と、人肌の塩味。
 なめらかな肌はひんやりと舌に心地よく、氷砂糖を口に含んでいるような心地がする。
 平らな下腹、形の良い臍の窪み、呼吸に合わせてあえかに動く胸へと、カイジは腰を浮かせながら舌で上っていく。

 年若い恋人の体を舌で拭うという、この上なく官能的な行為に、カイジの頭がぼうっとしてくる。
「……きもちいい?」
 愛撫を与えられている側であるはずのしげるが、カイジの髪を梳きながら尋ねる。
 この背徳的なプレイに興奮し、浅ましくも火がついてしまったカイジを、しげるは見抜いているのだ。

 羞恥と悔しさと、膨らむ期待に潤んだ目でしげるを睨みながら、十三歳の少年の体の起伏を、夢中で舐るカイジ。
 どんないやらしい目に遭わされたって、結局は快楽に抗うことのできない、天稟の淫乱さを持つ恋人に誘われるまま、しげるはその体を荒々しく押し倒す。

 とうに暴き尽くされた体を乱暴に開かれる予感に、カイジの下肢がゾクゾクと甘く疼く。
 麦茶で冷えた薄い舌で口内をまさぐられながら、さっきしげるが口にした日付を、カイジは思い出していた。

 七月二十七日。
 夏休みが終わるまで、まだ一ヶ月以上ある。

 この茹だるような日々が終わる頃、観察を終えた夏の終わりのアサガオのように、この身も枯れ果ててしまうのではないかと、快感に霞んでいく頭の隅でカイジは危惧するのであった。




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