展翅 アカカイ前提 強姦


 子供の頃、虫をひねり殺したことがある。
 躊躇したこともある。

 人間相手にそんな気分になったことも数えきれないくらいあったが、この感情はまるで、違っている。


 噛み締めた唇から血が滲んでいた。
 目に焼きつく鮮やかな赤。無意識にそこへ指を伸ばすと、力一杯噛み付かれた。
 ギリギリと、いっさいの躊躇なく顎に力を込めてくる。本気で食い千切ろうとしているようだ。
 今まで向けられてきた生ぬるく疎ましい眼差しが嘘のような、敵意の籠った瞳。だがオレがほんのすこし身動きしただけで、悲痛な声とともにたちまちその瞳が揺らぐ。
 
 感じやすいということは知っていたが、実際に犯してみると予想を遥かに越えて敏感だった。
 強引に押し開いたのに、男の中はすぐに順応して受け入れてくる。それは日夜繰り返されている、忌々しいあの男との行為の名残なのだろう。
 本来快楽を得るための器官ではないそこで、従順に快楽を拾うように体を作り変えられている。
 それなのに、男の表情も押し殺した声も、ひどく苦しそうに歪んでいた。
 事実、苦しんではいるのだろう。好きでもない男に強姦され、それでも快楽を拾ってしまう体に。
 溺れてしまえば楽になるのに、この男の矜持が決してそれを許さないのだ。

 噛み締めが緩んだ口内に、より深く指を突っ込む。手ごと押し込んで、喉奥を触れそうなほど深く入り込む。
 涙目で咽せる男の、舌の付け根を指で挟んで引きながら、音が鳴るほど激しく腰をぶつける。
 そんな無慈悲な行為にも感じてしまうのか、突くたびに四肢がビクンビクンと跳ねた。

 苦しさを耐えるように、男はきつく目を瞑ってしまう。
 黒い憎悪に燃える、あの目が見られなくなったのが気に喰わず、オレは男の目元に唇を寄せる。
 瞼の薄い肉に強く歯を立て、驚いたように薄く開いた隙間に舌を捩じ込んでこじ開ける。
 つるりとした眼球の表面を舐めると悲痛な呻き声があがる。
 本能的にオレの体を押し除けようと暴れる腕を、力尽くで押さえ込む。

 男の目が開いたので眼球を舐るのをやめ、塩辛く濡れた唇を舐めながら男を見下ろす。
 荒くなった息、熱病みのように震える体。圧倒的な痛みと恐怖を滲ませながらも、黒い双眸は健気にオレを睨みつけてくる。
 

 喉の奥から笑いが漏れる。ひどく、愉快な気分だった。

 子供の頃、虫をひねり殺したことがある。
 躊躇したこともある。

 人間相手にそんな気分になったことも数えきれないくらいあったが、この感情はまるで違う。

 男の手首をシーツに縫い止め、しどけなく開けっ広げになった体を折るようにのし掛かり、容赦なく杭を穿つ。

 ひねり殺すとか躊躇するとかじゃなく、ただ縛りつけたいのだ。
 標本を作るが如く。己の存在で深く杭打って、動けなくさせてやりたい。
 憎しみに染まったその瞳が、オレだけを見るようになればいい。

 希少で美しい虫を前にした子供は、きっとこんな気持ちになるのだろう。今まで味わったことのないこの感情の正体が、わからないほどオレは鈍感じゃない。
 ある種純粋なこの気持ちが、目の前の人に届く日はきっと永遠にこない。それでも構わない。この人を、オレに縫い止めておけるのならば。

 衝動に駆られるまま一層深く穿てば、堪えきれなかったのか、男はとうとう高く鳴いて精を放つ。
 己の手で初めて引き出した嬌声は、哀しげに伸びる悲鳴のようだった。もう二度と見られないであろう、無防備な笑顔や心安い声が、泡のように脳裏に浮かんでは消えていく。
 引き返せない場所へ堕ちていく芳しさに腰が甘く痺れ、オレもまた、ありったけの思いを男の中に注ぎ込んだ。





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