青ざめる
「それどうしたんだよっ、お前っ……!!」
帰ってきたオレの姿を目にするなり、カイジさんが怒鳴った。
あまりの大声に耳鳴りがして、オレは血みどろの顔をしかめる。
真っ赤になっているであろうオレの顔と対照的に、カイジさんは蒼白だった。
『青ざめる』とは、まさしくこういう顔色を指して言うのだろう。
そんなことを考えながら、その顔につくづくと見入っていると、顔面にぴしゃりとなにか投げつけられた。
「とりあえずそれで、血、拭っとけっ……!」
叫ぶように言って居間へと引っ込むカイジさんの背を見送りながら、投げつけられたものを見ると、それは白いタオルだった。
微かに湿り気を帯びている。カイジさんの髪も濡れていたから、きっと風呂上がり、髪を拭うのに使ったものなのだろう。
言われたとおり、それを使って割れた額を拭う。
以前、ジーンズを返り血でダメにしてしまったときの連中に、また襲われたのだ。
報復がどうのこうの言いながら殴りかかってきたから、ためらわず返り討ちにしたけれど、十人相手ではさすがに無傷というわけにはいかず、頭を負傷してしまった。
体感では、なんてことないかすり傷程度なのだが、出血だけは派手だ。
真っ白なタオルが、たちまち赤く染まっていく。
これはもう使えないだろうな、とぼんやり考えていると、やがてカイジさんが戻ってきた。
上がり框を指さして「座れ」と命じられ、言われたとおりにすると、カイジさんは消毒薬をたっぷりと浸した綿で、オレの傷を拭った。
脱脂綿なんて、いつの間に用意していたのだろう。
カイジさんも、常にキナ臭い連中につきまとわれている。
だが、これはきっとカイジさん自身のために購入されたものじゃない。
なんとなく、オレにはそれがわかっていた。
乱暴な手つきで手当てをされ、傷がジクジク熱を持つ。
もともと悪い目つきをさらに悪くして、八つ当たりみたいにオレの傷を触っているカイジさんに、尋ねてみた。
「いつも、思ってたんだけど。なんで、そんなに怒るの」
怪我をしたのはオレであって、カイジさんじゃない。
それなのに、まるで自分が傷つけられたみたいに怒って、挙句オレにまで当たるカイジさんが、心底不可解だった。
純粋に不思議に思って訊いてみたのだけれど、カイジさんは『信じられない』というような顔つきで絶句したあと、
「お前って、たまに死ぬほど鈍いよな……」
と呟いた。
それから、止まっていた手を、また黙々と動かし始める。
さっきよりさらに動きが粗雑になっていて、手当てなのか傷口を開いているのかわからないような様相を呈してきたので、さすがに文句を言いかけたそのとき、
「……誰だって、自分のものに勝手に傷つけられたら、不愉快なもんだろうがっ……」
カイジさんが先に口を開いて、ぽつりとそんなことを言った。
それはとてもちいさな呟きだったけれど、オレの耳にもちゃんと届いた。
沈黙が落ちる。
カイジさんはうつむいて、オレの方を見ないようにしている。
その顔を覗き込みたいような衝動に駆られたけれど、オレは我慢して、体の力を緩めた。
「あんたのもの、か」
口の中で言葉を転がして、ふっと笑う。
まんざら、それも悪くない。
なんて思うのは、きっと頭を殴られたせいだ。
カイジさんは相変わらずむっつりと黙りこくっていたけれど、頬がうっすら上気したおかげで、青ざめた顔色がちょっとマシになっていたから、よかった、と思った。
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