学校で(※18禁)・1 アホエロ カイジさんがチョロい



「しげる……お前、学校行けよ」

 突然、降ってきた低い声に、しげるは寝返りを打って顔を上げた。
 蛍光灯を背に仁王立ちしている家主は、しげると目が合うと尊大な態度で言い放つ。
「最近、ずっとサボってるだろっ……知ってんだぞっ……!!」
 次第に強くなっていく声は、起き抜けの脳を不快に揺らす。

 しげるは煩わしげに顔を顰め、枕許の時計を見た。
 まだ八時半だ。夜でなく、朝の。

 まるで保護者のように口うるさいこの男は、『明日はバイト休みだ』とか言って、昨夜遅くまで呑んだくれていたのではなかったか。
 それなのに、こんな早くに起きているなんて、珍しいどころの騒ぎではない。おまけに、きちんと服を着替えている。

「カイジさん、やけに早起きだね。なにかあったの」
 しげるがそう言うと、カイジはちょっとギクリとした顔になる。
「べつに、そういうわけじゃねえけど」
 強気に睨みつけていた視線が急に揺らぎはじめたのを見て、しげるは確信した。

 絶対に、なにかある。
 こんな朝早くから、カイジはどこかへ出かけるつもりなのだ。どこか、しげるに知られたくない場所へ。

 行き先も、だいたい見当がつく。
 パチンコ屋の新装開店。
 怠惰の化身のようなこの男が休日に張り切って早起きする理由なんて、それくらいしか考えられない。
 学校がどうのとしげるを心配する素振りは建前で、本音は、邪魔者をとっとと追い出して自分も出掛けたいだけなのだ。

 なんとなく、しげるは面白くないような気分になった。
 追い出されることについてはべつになんとも思わないが、本当の理由を隠して自分を心配するフリをする、カイジのセコさが気に喰わないのだ。

 しげるは暫し沈黙し、カイジの顔をじっと見つめる。
「……、んだよ」
 まっすぐな視線に気圧されたかのように、カイジが目を泳がせる。
 わずかな隙に付け入るようにして、しげるは口を開いた。

「カイジさんも一緒に来てくれるなら、学校、行ってもいい」
「……はぁ?」

 予想の斜め上をいく返答に、カイジは目をまん丸にする。
「幼稚園児じゃねぇんだぞっ……!! なんでわざわざ、オレがお前の学校までついてかなきゃなんねぇんだよっ……!?」
 驚き呆れて大声で怒鳴るカイジに、しげるは切れ長の目をスッと伏せた。
「オレ……学校に友達いないから……、心細くて……」
 ちいさな声でそう呟いて、ションボリと背を丸めてやれば、単純なカイジがハッとする雰囲気が、しげるにも伝わってくる。
「でも、カイジさんがそばに居てくれたら、平気だと思う……」
 とどめとばかりに縋るような視線を投げかければ、「うっ」と唸ったあと、カイジはバリバリと頭を掻きむしり、大きな舌打ちをした。
「あ〜もう……わぁったよ……!! ついてってやりゃあいいんだろっ……!! 世話の焼けるヤツだな、ったく……!!」
 ため息混じりのその返事を聞いた瞬間、しげるは目を見開いて明るい顔をする。
「……いいの? でもカイジさん、どこかへ行く予定あったんじゃ……」
「お前を学校に送ってから行くよ。だから、早く支度ーーうおっ!?」
 カイジの言葉が終わるより先に、しげるは跳ねるようにベッドから飛び起きて、カイジにガバリと抱きついた。
「嬉しい……ありがとう、カイジさん」
「だーーっ、ひっつくなっ……! いいからさっさと着替えろっ……!!」
 辟易しながら自分を引き剥がそうとするカイジにクスリと笑い、しげるは「待ってて」と言って、出掛ける支度を始めた。



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