時計 44



 卓袱台の上の携帯電話の、ディスプレイに映るデジタル時計。
 それを、大きな三白眼で伏し目がちに見ては、わずかに表情を曇らせる。

 無意識なのだろうか、先ほどから幾度となく繰り返されている恋人のそんな仕草に、赤木は軽く眉を上げた。




「カイジ。お前、俺に早く帰って欲しいって思ってるだろ」
 ニヤリと笑ってそう言うと、驚いたように顔が上がり、黒い双眸が赤木の方を見る。
「えっ?」
 思いがけないことを言われた、という風に、暫しきょとんとしたあと、カイジは慌てて首を横に振る。
「そんなこと……どうして……」
「だってお前、さっきから時計ばっかり見てるじゃねえか」
 淡々と指摘され、カイジはぽかんと呆けた面で赤木を見つめる。
 その間抜け面を目を細めて見守っていると、カイジはなにか言い淀むように視線を彷徨わせては、赤木の顔をチラチラと窺う。
「寂しかったんだぜ、俺は」
 赤木が逃げようとする意志を断つ言葉を投げ、あとは無言でじっと見つめれば、退路を塞がれた野良犬は低く唸って、ひどく言いづらそうに本音を吐露し始めた。

「……時間が経つのが早いな、とか、思って……」

 ボソボソと、蚊の鳴くような声。

「あとどれくらい、一緒にいられるのか、気になっちまって……」

 だから時計を気にしてしまうのだと、言外にそう告げて黙り込むカイジに、赤木の口端がゆっくりとつり上がっていく。

「そんな可愛いこと言われちまったら、帰りたくなくなるよ」

 わずかに身を乗り出して囁けば、カイジは恨めしそうな目で赤木を見る。
「……代打ち、」
 あるんだろ、なんて無粋なことを言いかけた口を噤み、カイジは軽く息を吸ってから、赤木に言った。

「帰らないでくれよ……」

 どうせ叶わないと、わかりきっているからこそ、カイジは素直にその願望を、口にすることができた。

 ぶっきらぼうではあるけれども、今夜聞いたどの言葉より、真摯な気持ちの込められた声と口振り。
 赤木は肩を揺らして笑い、きまりの悪そうな顔でもじもじしているカイジの方へ、さらに大きく身を乗り出す。

 唇が重なる直前、

「俺といる間は、もう時計、見るなよ」

 やさしくそう命じてやると、きつく瞼を閉じ合わせて子供のように頷く恋人の頬を、赤木はたいそう愛おしそうな手つきで撫でたのだった。






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