ほしいもの・2

 ロング缶のビールを四本、それに適当な乾き物を数点、更には翌日の朝食のおにぎりやパンなども入れると、小さなカゴはすぐにいっぱいになった。
「あ、あと……これも……」
 さっきはあんなにすまなそうにしていたくせに、おずおずと海外ビールの棚を指差すカイジの図々しさに、アカギは鼻白んだ顔をしたが、黙ったまま透明な扉を開いて緑色のロゴのオランダビールを二本、無造作に掴み取ってカゴに投げ入れた。

「ハイライトふたつ」
 レジでアカギがそう告げて、若い女の子の店員に万札を渡す。
 会計が済むと、アカギは釣りをポケットに捻じ込み、カイジは大きなレジ袋を右手に提げる。

 ありがとうございました、という声を背に、店から出ようとしたその時、アカギはふと、なにかを思いついたような顔をして、足を止めた。
「……どうした?」
 不思議そうに振り返るカイジの顔を見て、アカギはニヤリと笑う。

「ちょっとしたゲームをしようか、カイジさん」
「……はぁ?」

 怪訝そうに眉を寄せるカイジにゆっくりと近づき、アカギは声を潜めるようにして言った。

「いいか、カイジさん。このコンビニの中に、ひとつだけ、オレの欲しいものがある。十五分以内にそれがわかったら、あんたの勝ち。……どう?」

 ……欲しいもの? なにか、買い忘れたものがあるってことか?
 ますますもって不審げな顔をするカイジに目を細めながら、アカギは続ける。
「あんたが勝ったら……そうだな。ハイネケン、二本ともあんたにやるよ」
「えっ!?」
 一瞬、仔犬のように目を輝かせかけたカイジだったが、すぐにハッとして、緩みそうになった表情を引き締める。
「もし、オレが負けたら……?」
 探るように用心深げな問いに、アカギは一思案したあと、カイジの耳に唇を寄せ、低く囁いた。
「まぁ……ちょっと恥ずかしいプレイでも、させてもらおうかな」
「!?」
 さらりととんでもない発言をかまし、おまけに湿った吐息を耳の中に吹き込まれ、カイジはバッと飛び退るようにしてアカギから離れる。
「クク……」
 肩を揺らして笑うアカギを、カイジはジロリと睨めつける。
「ぷ、プレイ、って……もっと具体的に言わねぇと、わかんねえだろうがっ……!」
 言葉責めか、目の前でオナニーか……まさか、コスプレっ……!?
 今までさせられてきた屈辱的なプレイをまざまざと思い出して、顔を赤くしたり青くしたりしているカイジに、アカギはますます口角をつり上げ、
「内容は、そのときの気分で……」
 と呟く。

 ふざけたこと、抜かしてんじゃねえっ……!
 負けたらなにさせられるかわかんねぇなんて、そんな勝負、誰が受けるよかっ……!!

 勢い込んでそう怒鳴りかけたカイジだったが、すんでのところでぐっと言葉を飲み込む。

(待てっ……! 考えてみれば、これはチャンス……!!)

 素寒貧で博奕のタネ銭も無いカイジに、アカギの方から持ちかけられた、このゲーム。
 うまくすれば、明日の己の命を繋ぐ、糧になり得るかもしれない。

 しかし、そうするためにはまず『交渉』が必要だと、悪魔のようなアカギの笑みに嫌な汗を浮かべながらも、カイジは力強く言い放った。
「足りねぇよ……」
「ん?」
「ハイネケン二本程度じゃ、足りねえっつってんだ……!」

 考えてみれば、勝ってもカイジが得られるのは、たかが海外ビール二本。
 千円にも満たない金額なのに対し、負けたときには男のプライドをへし折られ、得体の知れぬ辱めを受けなくてはならない。

 どうしたって条件が釣り合わないと言外に訴えれば、敏いアカギはカイジの言いたいことにおよそ察しが及んだようで、フッと息を漏らすように笑った。
「なるほどね……それじゃあ、いったい何だったら、あんたの矜持に釣り合うって言うんだ?」
 譲歩の色を見せるアカギに、『してやったり』とばかりにニヤリと笑い、
「今月の生活費っ……! 全額、お前持ちっ……!!」
 カイジはとんでもなく情けないことを、堂々と言い放った。

『男』どころか、人としてのプライドのかけらもない。
 まさしく『クズ人間ここに極まれり』といった発言。

 普通の人間なら冷笑必至であろうその条件を、アカギは静かに首肯して受け入れる。
「いいだろう……飲もう。その条件……」
 アカギの口からその言葉を聞いた瞬間、カイジは内心、ガッツポーズを決める。
 このゲームに勝つことができば、今月はなんの憂いもなく、こいつの金で暮らすことができる。

(この好機……必ずモノにしてみせるっ……!!)

 俄然、大きな瞳に闘志を漲らせ始めるカイジに、アカギは自動ドアを顎で示しながら言った。
「オレは店の外で待ってるから、あんたは十五分以内に、オレの欲しいものを持って出てくること。この扉が閉まったら、ゲーム開始だ」
 アカギの言葉に、カイジは唇を引き結んで強く頷く。
 緊張した面持ちを愉しそうに眺め、
「邪魔だろうから、これは預かっておいてやる」
 アカギはカイジの手中から、荷物をそっと受け取った。
「それじゃ……健闘を祈るぜ。カイジさん」
 そう言って、アカギは自動ドアを潜り、外へ出ていく。
 ほのぼのとしたドアチャイムの音が、試合開始のゴングのように、ふたりの耳に届いた。



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