Hushabye


 うすい掛布に包まって眠るカイジの顔を、しげるは黙って眺めていた。

 分厚いカーテンの隙間から射し込む光。
 太陽は既に高い。気温もかなり上がっている。

 この部屋のエアコンは、数年前に壊れてから、修理するためのわずかな金を惜しんで放置されている。
 そのため、開けっ放しの窓から入り込むわずかな風だけが、この部屋の空気をかき混ぜて申し訳程度に室温を下げていた。

 その中で、カイジは口を半開きにして眠っている。
 七月が近づくと、どんなに暑苦しくても、タオルケットを体に巻きつけるようにして眠る癖が、カイジにはあった。
 それはまるで自分を守ろうとしているみたいで、また、なにかから隠れようとしているようでもあった。

 防衛本能だろうか。
 いつも傷つき、なにかに追われているような生活を送っているから、眠っている間も無意識に隠れようとしているのかもしれない。


 カイジは暑がりで、体温も高い。
 昔はきっと、こんな寝苦しい眠り方をしていたわけじゃないのだろう。
 顔や体に傷のなかった頃。普通の青年として生きていた頃は。


 一年ほど前のことだったか。
 あまりに苦しそうに眠るから、夜中にしげるが手を握ってやったことがある。
 ーーというよりも、カイジが誰かの名前を呼びながら虚空へと手を伸ばしていた、その様があまりにも必死そうだったので、思わず手を差し伸べたのだ。

 発音が不明瞭で名前は聞き取れず、傷のある手は震えながらなんども虚しく空を掻いていた。
 今日と同じく、隣でその様をしばらく眺めてから、しげるがその手に触れてやったその瞬間、カイジはハッと目を見開き、しげるの顔を見た。

 いったいどんな夢を見ていたのだか、驚いたようなその顔はひどく憔悴し、窶れていた。
 ただ二つの大きな瞳だけは、異様なほどギラギラと光ってしげるを凝視していた。

 喉仏を上下させたのち、カイジは震える声で
 ーーなんだ、お前かよ……
 と呟き、深くため息をついた。

 そうして、安堵とも落胆ともつかないような表情と声音を晒したまま、ふたたび深く寝入ってしまったのだ。

 誰、だと思ったの。
 誰、なら良かったの。

 幾分か楽そうになった寝顔を見ながら、そういう問いを胸の奥底に沈めたのも、確か夏の近い、蒸し暑い真夜中のことだったとしげるは記憶している。



 あの夜から一年経っても、カイジは眉を寄せ、顔中を汗まみれにして寝苦しそうに呻きながら、きっちりとタオルケットに包まり続けている。

 長い髪が、寝汗に濡れそぼって顔に張り付いている。
 ちいさな子供みたいな必死さを感じさせるけれども、本人がいい大人であるがためにアンバランスで滑稽で、どこか悲壮感の漂う、その姿。

 寝汗か、あるいはべつのなにかか。その目許に張り付いた水滴に、しげるはそっと指を伸ばす。

 そんな苦しい眠り方、しなくていいよ。
 今ここにいるのは、オレだけだから。

 そんな言葉は気休めにしかならないし、言ったところでカイジはきっと、この癖を止めはしないのだろう。

 だからしげるは黙ったまま、しっかりと閉じ合わされたままのカイジの濡れた眦を拭った。





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