ごほうび(※18禁)・2



『バイト終わるころ、迎えに行くからな』

 カイジにそう言われたことを思い出しながら、しげるは窓の方を見遣る。

 いつのまにか夜が明け、外が明るくなっている。
 空はスッキリと澄み渡り、今日もあたたかい一日になりそうだ。

 ぼんやりとそんなことを考えていると、対面からドスの効いた声が上がる。
「おい、クソガキ……よそ見たぁずいぶん、余裕じゃねえか……」
 巌のように頑健な男が、眼光鋭くしげるを睨みつける。
 だが、しげるは相変わらず窓の外を眺めたまま、男の方をちらとも見ない。
 ヒクリとこめかみを引きつらせながら、それでも男は、不自然な笑みに顔を歪めてみせた。

 切った牌を卓に叩きつけ、尊大に顎を上げて言い放つ。
「ひょっとして、もう諦めてんのか? 確かにこの点差、そう簡単にひっくり返るもんでもーー」
「それだ」
 静かな声に言葉を遮られ、男の厳つい眉が上がる。
 さらに、しげるが卓には一瞥もくれぬまま手配を倒したので、男は額に青筋立てて、勢いよく身を乗り出した。
「あぁ!? なんだテメェっ、気でも触れたかっ……」
 言いかけた男の目が倒された手配に吸い寄せられ、信じられないものを見るかのように見開かれる。
 男だけでなく上家や下家、周りを取り囲む連中さえ、その場にいるものはひとり残らず言葉を失い、ただただ呆然と、男の切った牌としげるの手配とを見比べている。

 水を打ったように静まり返る中、カイジさんが迎えに来るまでの間どうやって暇を潰そうか、などと、窓から射し込む光に目を細めながら、しげるは考えていた。









 取り分を無造作にポケットへ捻じ込み、外に出ると白っぽい太陽の光がしげるの目を刺した。
 カイジが来る前に決着がついてしまったので、雀荘で待つという選択肢もあったのだが、時間的にカイジはバイトを終えてこちらへ向かっているはずなので、帰る道すがら合流できるだろうと踏んで、しげるは雀荘を出たのである。

 屋外は室内より数段、温度が高い。
 ずっと薄暗い雀荘の中にいたしげるの目には、世界のすべてが灼けつくように白く光って見えた。

 ゆっくりと階段を下りて日向へ出ると、体がドロドロと溶けていくような錯覚に陥る。
 季節はもう春だ。頭上に燦々と照りつける、生命力の源のような太陽と、薄水色の透き通った空。
 うららかにあたたかく気持ちの良い日だが、それがしげるには煩わしかった。

 この季節、しげるはいつも落ち着かないのだ。
 どこまでも冴えざえと張り詰めていた冬の寒さが去り、急にぽかぽかと弛みきったような空気になる。

 その弛緩した感じが、しげるは苦手だった。
 それなのに、春の匂いを含んだ風が、いやに神経を高ぶらせる。

 気が立って、常に博打に身を投じずにはいられなくなる。
 ひりつくような感覚を求めるが、生半可な勝負でそれは得られない。結果、今日のように中途半端な顛末に、ますます鬱憤を溜めてしまうという悪循環。

 つまり、しげるは捌け口を失った己の欲求を、たいそう持て余しているのであった。
 花も樹も人も動物も、いきいきと陽の光を浴びる小春日和の街中を、ひとり眩しさに顔を顰めながら、しげるは黙々と歩いた。




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