酔迷言


 好きなんだ、と、喉許まで出かかった言葉を、嗚咽と一緒にどうにか飲み込んだ。

前に会ったのはいつだったっけ、と、どうでもいい話をするみたいにお前は言った。だからオレも欠伸混じりに、さあ、って答えたけれども、本当はちゃんと覚えてた。最後に会ったのは、三ヶ月と一週間前。ひどい雨と風の日で、アパートの窓がガタガタ揺れてたことまでハッキリ記憶に残ってる。我ながら気持ち悪いな、って自嘲の笑みを漏らしたら、お前は怪訝そうな顔でオレを見て、愉しそうだね、なんて呟いた。お前ものすごく聡いくせに、どうしてそう鈍感なんだ。愉しいもんか。愉しいはずないだろう。野郎に抱かれるなんて、こんな反吐の出るような行為、愉しいわけがない。それでもお前と繋がれるってだけで心が舞い上がっちまっちまうから、余計に気分が悪くなるんだ。そもそもなんでこんなことになっちまったのか。最初はほとんど無理やりだった。お前にこんな趣味があるなんて知らなかったから、その夜は衝撃を受けた。わずかな憧れと親近感なんてものを、勝手にお前に抱いてたから、ひどく裏切られたような気分になった。だけど本当にオレが衝撃を受けたのは、屈辱と痛みに震えながら、どうしてもお前のことを憎みきれない己の心だった。おかしいよな、こんなことする奴を、嫌いになれないだなんて。お前よりも、自分自身に裏切られたような気分の方が遥かに強かった。戦慄した。恐ろしかった。お前のことを、いつの間にか好きになりかけてる自分が恐ろしかった。しかしそう思ったときにはもう手遅れだった。最悪だ、こんな野郎に恋をするなんて。しかも、こんな性欲処理に使われたことがきっかけで自覚するなんて。勘違いなんじゃないかって、なんども思おうとした。だけど自分自身の心のことなんて、いくら誤魔化そうとしてもわかっちまうだろ。オレはお前みたいに鈍くねえんだ。すげぇ吐いたし、すげぇ泣いた。それでも心は変えられなくて、やがて喉も涙も枯れ果てた頃、諦めたような、力ない笑いがため息と一緒に漏れた。しょうがねえ。最悪だけど、認めるしかねえだろ。オレはお前が好きなんだ。お前が来るのを、心待ちにしている自分がいる。いつもいつも悪態をつきながら、お前に抱かれるのを心待ちにしている自分がいる。気持ち悪いよな。体を絡ませ、心を解いていくようなその行為が、お前が後腐れない処理だとしか思っていないだろうその行為が、オレは心の底から好きなんだ。ぜんぜんわかんねえお前のことを、体の内側から知ることができるような気がするんだ。気持ち悪いよな。反吐が出そうだって、オレも思うよ。でもその感覚の、なんと甘美なことか。オレがこんなこと考えてるって知ったら、お前は笑うかもしれねえ。お前はこんなオレのことなんて好きにならねえだろうけど、まぁ、お前の笑った顔が見られるなら、それでもいいや。なんて思う自分がいて、重症っぷりにまた、暗澹とする。なんだか、泣きたくなってきた。ちょっと呑み過ぎたか。思考がまとまんねえ。今泣いたら、やっぱりお前は笑うんだろうな。笑ったり泣いたり、酔っ払いは忙しいな、くらいにしか思わないんだろう。それなら、言ってみてもいいかな。今なら口を滑らせても、お前はただの酔っぱらいの世迷言だとしか思わないだろう。ちょっと呑み過ぎたな。さっき飲み込んだ言葉がまた、塊になって喉奥から込み上げてくる。なぁ、アカギ。オレは、お前が、
「好きなんだーー」
 だから、できれば、オレを嫌いにならないでいてくれると嬉しい。









 酔いに任せてぐだぐだと、腹の中を洗いざらいぶちまけるように一方的に喋り続けたあと、すう、と穏やかな寝息をたてて眠ってしまったカイジを、アカギは黙って見下ろしていた。
 半端に服を乱したまま、ベッドにぐったりと体を横たえた、その目端には、透明な涙の粒が引っかかっていて。
「……できれば、酔っ払ってないときに言ってほしかったけどね」
 ちいさな声でそう言って、濡れた目許を拭ってやる指先の、世にもやさしいその仕草も、ちょっと困ったような苦笑いも、眠っているカイジが知ることはなかった。







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