早い(※18禁)



 窓の外、カーテンの隙間から、一瞬の閃光。
 直後、地響きのような音が窓を揺らし、体の芯までを震わせるような感覚を、室内にいる者にまで与える。

 外はひどい天気だ。叩きつけるような横殴りの雨と、不気味な声で唸る風。
 そして、それらの雑音などものともせず、圧倒的な音量で空気中を轟き渡る雷鳴に、カイジはじっと耳を澄ませていた。

 光ってから音が鳴るまでの秒数を数えれば、だいたいの距離がわかる。……そう習ったのは、小学校の理科の授業だったか。
 闇に沈んだ天井の木目を眺めつつ、弾んだ息を整えながら、カイジは次の雷を待った。

 やがて、なんの前触れもなく光が閃き、カメラのフラッシュをたいたみたいに陰影深く浮かび上がった男の顔が、白い残像だけを残して闇に沈む。

 カイジは心の中で、数を数え始める。いち、に、さん。
 だが、三、から先は、いきなり下肢に走った甘い痺れのせいで、数えることができなくなってしまった。

「ん……、くっ……、」
 窓の外に重い音が響くより早く、己の口からみっともない声が漏れ、カイジは涙目になりながら、戯れに強く揺さぶってきた男を睨みつける。

「……なに」
 そんな風に睨まれる謂れ、ないんだけど。……とでも言いたげな、声と表情。
 カイジは唇を噛み、目を逸らした。

 確かに、そうだ。今はいわゆる、そういう行為の真っ最中なわけで、男が動くのは、当たり前のこと。
 しかも、うわの空でぼんやりしていたカイジの意識を自分に向けさせるために、男がわざと強い刺激を与えてきたのだということは、白けたような半眼の表情を見ればわかった。

 バツの悪さに、カイジは男の顔が見られない。
 セックスの最中に、他のことを考えていた自分が悪いという自覚があるからだ。


 しかし、そこにはカイジなりの理由がちゃんとある。
 口に出すのも憚られるような、情けない理由が。

 集中などしようものなら、あっという間に果ててしまいそうだからである。

 男に会うのは久々で、それはすなわち、他人に体を触られるのも久々だということ。
 とどのつまりは、余裕がないのだ。カイジは今、泣きそうなくらい。

 だから無理やり窓の外に意識を向けて、雷鳴と稲光の間隔を数えたりして、必死に気を散らしていたというのに、そんなこと知る由もない相手の男は、カイジを責めるような目で見下ろしてくる。

 そんな風に見られても、本当のことなど、言えるわけがない。
 くだらない事かもしれないが、カイジにとっては、男の沽券に関わる重大な事柄なのである。
『すぐイってしまいそうになるのを耐えるため、懸命に他のことへと意識を向けている』
 ……なんてこと、この悪漢に知られるわけにはーー

「ね、カイジさん」
 つう、と指先で頬をなぞられ、カイジはぐるぐるとした思考のドツボから強制的に現実へと引き戻される。
 反射的に思わず目線を上げると、ちょうど走った眩い光の中、なにもかも見透かすような瞳と目が合って、
「なんで、無理に我慢しようとしてるの?」
 鼓膜をつん裂くような大音量とともに、カイジも雷に撃たれたみたいな衝撃を受け硬直してしまった。

 おどろおどろしい音が長く尾を引き、安普請の部屋の安いベッドの上にいるふたりの体にも痺れるような振動が伝わる。
 その音がようやく鳴り止んだころ、水を打ったようにしんとした部屋の中で、ようやくカイジは口を開いた。
「な……に、言ってんだよ……、お前、」
 麻痺しているみたいに舌を縺れさせながら、カイジはそれでも、男の質問にシラを切り通そうと努力した。
 しかしその声にまったく力は無く、男の言ったことが図星だと、皮肉にも証明してしまうような塩梅で。
「無理……? 我慢……? な、なんのことだよっ……」
 ひとりでわたわたしているカイジを、男は無表情のままじっと見下ろしていて、どんな風に取り繕おうともそよとも動かないその静かさに、カイジはじわじわと絶望的な気分にさせられる。
「う……ううう……」
 情けなく半泣きになりながらも、必死にしらばっくれようと頑張っていたカイジだったが、とうとう犬のように呻いたきり、掌で顔を覆って動かなくなった。

 知られてしまった……
 羞恥に、全身が茹で上がったようになっていく。
 どうしてこの男はこうも鋭いんだと、逆恨みするような気持ちでカイジが指の隙間から目だけで男をキッと睨め付けると、男はゆっくり瞬きをして、それから緩く首を傾げた。

「なんで、顔隠すの?」
 純粋に不思議そうな男の質問に、カイジはカッとなって吐き捨てる。
「クソみたいなこと聞いてんじゃねぇっ……! わかんだろっ、そんくらいっ……!!」
 ぐずぐずと涙声で言葉を投げつければ、男はちょっと眉を寄せたが、すこし考えるような間を置いたのち、うすい唇を開いた。
「カイジさん、顔、見せて」
 淡々と促され、それでもカイジが頑なに顔を覆い続けていると、またちょっと間が空いてから、言葉が降ってきた。

「オレはあんたの早いとこ、嫌いじゃないんだけど」
「!!!」

『早い』だなんてサラリと言われて、掌の下でカイジの顔がさらに赤くなる。
 しかし指の間から見上げる男の表情は相変わらずのポーカーフェイスで、意地悪くカイジの傷を抉ってやろうだとか、羞恥心を煽ってやろうだとか、そういう邪悪さは、いっさい窺えなかった。

 もしかしてコイツ、フォローしようとしてる……のか?

 その可能性に思い至り、カイジはまじまじと男の顔に見入る。
 ……よくよく思い返してみると、『なんで、無理に我慢しようとしてるの?』と訊いてきたときも、べつにカイジを嘲笑うわけでもなく、単純にただ不思議だから訊いてみた、という雰囲気だった。

 そこまで考えるともう、己の解釈が正解だとしか思えなくなってきて、カイジは軽く脱力する。
 どうやら、男はカイジがカッコ悪いと気にしている『早さ』について、なんとも思っていないらしい。

 ぜったいに揶揄われると身構えていたのに、ちょっとでも笑ってきやがったら噛み付いてやるなんて息巻いていたのに、間の抜けたフォローなんて入れられたせいで、なんだか肩透かしを喰ったような、変な感じになってしまった。

 ……が、乱暴な言葉を投げつけてしまった手前、カイジはとりあえず、怒ったような風を取り繕う。
「き、嫌いじゃないとか、そんな風に言われてもなぁっ、う……嬉しくねぇんだよっ……!!」
 正直、羞恥心とか怒りとか、心に渦巻いていたさまざまな感情は、男のヘタクソなフォローを聞いた瞬間に、割とどうでもよくなってしまった。
「あらら……」
 明らかに力の抜けているカイジの声を聞き、男はまたひとつ瞬き、それからクスリと笑った。

「カイジさん、顔、見たい」
「……ッ、」
 顔を覆う指と指の隙間をなぞるように熱い舌が這い、カイジはビクッとして息を飲む。
「ほら……」
 さらに繋がったままだった腰をいきなり強く打ち付けられ、カイジが衝撃に全身を緊張させると、その隙をついて顔を覆う手を引き剥がされてしまった。
「あっ、あっ……! んっ……アカ、ギ……っ」
 そのままベッドに手首を縫い止められ、なんども激しく抽送を繰り返されてカイジは甘い声で男の名を呼んだ。
 ぐちゅぐちゅと音をたてて前立腺を捏ね回されれば、耐える暇もなくあっという間に射精欲がこみ上げてくる。
「あ……あ! あっやめ、でる、でちまうっ、もうッ、あァ、あ、」
 涙まじりの切迫した喘ぎに、軽いため息の音が重なった。
「……いいぜ。イきなよ」
「あッ、イ、くッ! うぁ、あっ、はあっ、あっ……!」
 容赦のない突き上げに反応して小刻みに嬌声を上げつつ、カイジは吐精した。
 精液の迸る感覚にゾクゾクと背筋を震わせながら、勢いよく白濁を撒き散らすカイジの中で、アカギもまた、埒を開けたらしい。

 低い呻き声とともにドクドクと熱いものを注ぎ込まれ、下腹部が重くなっていくその感覚にすら、カイジは涙が出るほど感じてしまう。
 体の内側をアカギでいっぱいにされていくようで、どうにかなってしまいそうだった。


 射精を終えたあとも、やわらかな快感を追ってしつこくカイジを突き上げたあと、アカギはようやく動くのをやめた。
「……オレだって、そう長く保たせられねぇんだよ。あんたの中にいると」
 意識の飛びそうな絶頂感に虚ろな表情を曝しているカイジに、アカギは深く息をつきながら、言う。
「あんたがイくと、中、すごいし。うねって、絡みついてきて、食われちまうんじゃないかってーー」
「わ、わかった、からっ……! もう、言わなくていいっ……!!」
 ……どうやら、またトンチンカンなフォローをしてくれようとしているらしい。
 とことんズレまくってるヤツだと、辟易しながらカイジが全力でその言葉を遮ると、アカギは素直に口を噤み、それからニヤリと笑った。
「早いのは、お互い様なんだし。その分、数こなせば問題ないでしょ」
「あ……ッ」
 深く挿入したままぐるりと掻き回され、カイジは目を見開いて背を仰け反らせる。
 アカギはゆっくりと、粘っこい動作で腰を揺すり、カイジの中で自身が徐々に勃起してくると、精液の滑りを借りて先ほどよりも速いペースでピストンを始めた。
「あ、アっ、やめっ、なか、溢れ……ッ」
 断続的に激しく突き上げられ、ぐちゅぐちゅ、ぬぷぬぷと卑猥な音をたてて肉棒に纏わりついては溢れ出ていく粘液の感触に、嫌悪と快感を同時に感じてカイジは眉根をぎゅっと寄せる。
「……なぁ、あんたの中ってどうなってんの? こんなにぬるぬるしてるのに、さっきより締めつけ、キツいんだけど」
「あ……ぁふ、あっ、し、知るかよっ……! ん……ッ、ヘン……な、こと、言うなっバカっ……!!」
 憎まれ口を叩きつつも、快感で潤んだ目で見上げた男もまた、搾り取られる感覚に細い眉を寄せていて、それを見たカイジはもう男のこと以外なにも考えられなくなって、無我夢中で心の欲するまま、白い背に腕を回して力いっぱいしがみついた。

 雷は、いつの間にか遠く離れていったようだったが、カイジがそのことに気がついたのは、実に数時間後のことであった。






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