holy・2



 ーーまあ、売れねえよな。

 カイジは冷静にそう思いながら、目の前の台に置かれたケーキのサンプルを眺めていた。

 透明なケースの中のそれは、三、四人で食べきれるくらいの大きさのシンプルなドーム型で、新鮮ないちごをふんだんに使ってある。
 白いホイップクリームとピンクのいちごクリームの二種類があるが、カイジが西尾とバトンタッチしてからはどちらも売れていない。
 売り子にまったくやる気がないのだから当たり前だ。
 それでも、物珍しげに足を止めていく人はちらほらいるが、サンタが無愛想に押し黙っているので、興味を失ってさっさと立ち去ってしまう。

 しかしカイジはなんとも思わなかった。売れなくても、カイジにとっては痛くも痒くもないのだから。
 むしろ、店長への日頃の鬱憤を晴らすという意味では、「売れるな」とさえ思ってしまう。


 粉雪のちらつく中、カイジはぼさっと立ち続けていた。
 くそ寒い、早く終わんねえかな、と思いながら辺りを見渡し、カイジは慌ててサンタ帽を深く被り直す。

 この姿をいちばん見られたくない人物ーー赤木しげるが、まっすぐカイジの方に向かってくるからだった。

 なんつうタイミング……そちらの方向を見ないようにしながら、カイジはつとめて平静を装った。
 大丈夫。髭で顔は隠れてるはずだし、気付く筈がない。変に慌てたりしたら、逆に怪しまれる。

 自分にそう言い聞かせつつも、アカギとの距離が縮まるにつれ、カイジの身も縮こまっていく。
 まるで、相手の視界に入るまいとでもするように。

 アカギはカイジの前まで来ると、ぴたりと足を止めた。
 見られている。
 鋭い視線がちくちく肌を刺し、カイジは顔を上げられない。手のひらに冷や汗がにじむ。
 目深に帽子を被ったせいで半分になった視界に映るのは、見慣れた黒いダウンコートと茶色のボストンバッグ。

 針の筵に座らされているような気持ちで沈黙を守るカイジに、やがてアカギが声をかけた。

「いい格好だな、カイジさん」

 バレてる……
 舌打ちし、顔を上げると、アカギは含み笑いを隠そうともしておらず、カイジは渋い顔になる。
「うるせぇ、仕事なんだよ……」
 忌々しげに吐き捨てるカイジに、アカギは白い息を吐き出し、静かに笑う。
「無愛想なサンタクロースだな。そんな接客じゃ売れねえだろ」
「いいんだよ、売れなくても」
 顔が隠れているのをいいことに、カイジは子どものように口を尖らせる。この格好は嫌だが、髭は案外便利だな、と思った。

 アカギはガラスケースの中のケーキを眺めながら、カイジに問う。
「カイジさん、これ、何時まで?」
「十時」
 答えながら腕時計を確認して、カイジは顔をしかめた。まだ外に立ち始めてから二十分も経っていない。
 時間が経つのが遅すぎる。忙しく立ち働いているならまだしも、この寒空の下、ただ突っ立ったまま一時間やり過ごすというのはなかなか骨だ。

 アカギは身を乗り出すようにしてカイジの腕時計を覗きこみながら、ぽつりと言った。
「ケーキの残りは何個?」
「え? 確認してねえけど……たぶん二十個くらいはあるんじゃねえの」
 カイジが適当に答えると、アカギは突拍子もないことを口にした。

「それ、ぜんぶ買ってやる」

「……は?」

 我が耳を疑い、カイジはアカギの顔を見る。相変わらず、意図がまるで読めないポーカーフェイスだ。
「これ、ぜんぶ売り切れば、あんたお役御免なんだろ?」
「いや、これだけじゃなくて、シャンパンも……」
「じゃあそれも買う」
 そう言って、バッグから無造作に札を取り出そうとするアカギに、カイジはぽかんとする。
「お前って、甘いもん好きなの?」
「いや……ぜんぜん」
「え……じゃあなんで」
 カイジの問いに、 そんなこともわからないのか、とバカにした様子でアカギは眉を上げる。

「四十分も待たされるなんて御免なんだよ。あんたがいなかったら、いったい誰がアパートの鍵開けんだ」

 そう言いながら、ずかずかとコンビニの入り口へ向かうアカギの後を、カイジは慌てて追いかけた。
「は? ってお前……オレのうちに来る気かよ? おい、アカギっ!」
 カイジが張り上げた大声は、朗らかなドアチャイムにかき消され、アカギの耳には届くことがなかった。




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