邂逅・3


 カイジの毛に絡まっていたものをすべて取ってしまうと、猫は大きく伸びをした。前肢と後ろ肢を順に伸ばし、あくびをひとつ。
 カイジの体の周りを囲むように、細かい草の実や葉がたくさん落ちている。
「こんな小さなものでも、皮膚から体に入り込んで膿むことがある。そんな傷だらけの体じゃ尚更だ。甘く見ないほうがいい」
 刺のある黒い草の実を、前肢でつつきながら白猫は言う。

「あんたを追ってる連中は、まったく見当違いの場所を駆けずり回ってる。そろそろ諦めて引き上げる頃だろう。鬼ごっこはあんたの勝ちだね」
 淡々と言葉を紡ぐ白猫に、カイジは驚いて目を見開く。見ていたのか、全部。しかしこの白猫は、他者と馴れ合うようなタマじゃないだろう。それは出会った瞬間からひしひしと感じていた。
 それならば、なぜ? カイジは絞り出すような声で問う。
「どうして……オレに構うんだ」
 白猫の目が三日月のように細められる。
「そうだね……あんた少しだけ、オレと似た匂いがするからかな」
 それだけ言うと、白猫はカイジに背を向けた。
「明日の朝早く、ここを出るといい。ここらのヒトは野良犬を毛嫌いしてるのが多いから」
 立てた尾をゆるく振って立ち去ろうとする後ろ姿に、カイジは思わず声をかける。

「お前っ……、名前は」

 ずっとひとりで生きてきて、誰かのことを知りたいと思ったのは生まれて初めてだった。なぜかはわからない。ただ、聞かなければこれからずっと後悔するような予感がしていた。
 白猫はちらりと振り返り、

「アカギ」

 とだけ答えて闇の中へ消えた。


『アカ』は、ヒトの言葉で、今夜の月のような色を指すのだと聞いたことがある。
 傷口から流れ出る血と同じ色。これから、月を見るたびにこの名を思い出すことにしよう。そうすれば、絶対に忘れない。そしてもし、奴等との決闘に勝てたならば、もういちどこの町へ来てみよう。

 丸く、大きな月を見上げ、カイジはその名を深く胸に刻みこんだ。






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