teach me・1 学パロ いちゃいちゃ


 長く出しすぎたシャーペンの芯が、か細い音をたてて折れた。
 カイジの前の席の椅子に後ろ向きに座り、カイジの持ち込んだ漫画雑誌をつまらなそうに読んでいたアカギが顔を上げる。
 感情を読み取れない瞳でじっと見詰められ、カイジはぎこちなく目をそらした。
「……わかんねぇ」
「どれ?」
 カイジは目線をアカギから外したまま、机の上に広げた教科書の数式をでたらめに指差した。
「基礎中の基礎じゃない」
「うるせぇな。そこまで言うなら解いてみせろよ」
「素直に言えばいいのに。『教えてください』って」
 淡々とそう言って、アカギが漫画を置く。シャーペンをノックする音を聞きながら、カイジは心のなかでもう一度、わかんねぇ、と呟いた。

 アカギとカイジは一応、クラスメートだ。しかし二人は同い年ではない。
 カイジは留年しているのだ。しかも二留。他のクラスメートが自然、カイジを避ける中、アカギだけがなにかとカイジを構う。
 今日だって、進級に必要な単位を取得するため、放課後教室でひとり、居残りで課題をやっているところにアカギも残り、あまつさえこうして自分に数学の問題を教えようとしている。
 クラスメートの、いや、学校中の誰ひとりとして、アカギのこんな姿を目にしたことはないだろう。

 それがわからなかった。
 アカギに気に入られる要素が、自分にあるとは、カイジには到底思えなかった。

 一匹狼であるという点においては、アカギとカイジは似ているのかもしれない。
 しかし、周りの空気にうまく馴染めず、結果ひとりの方が心地よいと思うカイジとは違い、アカギはやろうと思えば誰とでも、どこでもうまくやれるのに、あえてひとりでいることを選んでいるようなフシがあった。
 本当なら先輩であるということもあり、皆が自然と遠ざかるカイジに対し、アカギには、周りが近づきたくても近づけない、という雰囲気がありありと伝わってきた。

 孤独と孤高、という言葉の対比に、そっくりそのまま当てはまるようなふたりだった。

 二留し、さらに落第寸前のカイジに対し、アカギは少なくとも赤点で補習に呼ばれるようなことはなかった。授業にもほとんど出ていないのに、すべての科目をそつなくこなしている。そんな様子もまた、アカギを周囲から浮いた存在にしているようだった。

 そして、これはあくまで噂だったが、アカギは喧嘩が滅法強いらしい。

 武器を手に襲いかかってきた他校の不良集団を、たった一人で、しかも素手で返り討ちにしたとか、その強さをどこかの組の組長に認められて、ヤクザと交流があるとか、嘘か本当か疑わしいような噂話が、学校中に広まっていた。

 遠巻きにアカギの姿を眺めながら、同級生たちは小声でそんな噂話を囁きあった。
 噂話などにはまったく無関心なカイジの耳にさえ届くということが、赤木しげるという存在がいかに皆の注目の的であるかということを示している。カイジも、それを嫌というほど理解していた。

 そんなアカギだが、教室では、なぜかカイジに話しかけることが多かった。周りの生徒は皆、首を傾げる。釣り合わないと思っているのだ。
 だが一番首を傾げているのは、当の本人である。こいつ、なぜオレに構うんだ?
 アカギのことは嫌いではない。構う、といっても、カイジの苦手ないわゆる『友達付き合い』をしたがっている様子はなく、必要以上には干渉してこない。その自然な距離の取り方には、むしろ好感を覚えるくらいだ。

 だが、疑問とわずかな羨望の入り交じった周囲からの視線を感じるたび、カイジは居心地の悪い思いになる。



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