teach me・2
外は雨が降っている。
カイジの席は窓際で、衣替えを終えたばかりの薄い半袖が、湿気を吸ってよれていく。
テスト期間中だから、いつもなら窓の外から聞こえてくるはずの運動部の掛け声も、廊下に響く吹奏楽部の練習音もない。生徒もほとんど帰宅していて、雨音が響くほど、校内はしんとしている。
アカギはさらさらとカイジのノートに数式を書き込んでゆく。カイジから見たら逆さまのその文字は、読みやすいが少しだけ右上がりの癖がある。
俯き加減のアカギの顔をぼんやり眺めたあと、ふと、その手元に目線を落とす。
(あ)
シャーペンを持つアカギの手を見て、カイジは何とはなしに言った。
「お前、持ち方ヘンだぞ」
アカギは手を止め、顔を上げる。思いがけないことを言われた、というような顔をしていた。切れ長の目が、わずかに見開かれている。
アカギのそんな顔を見るのは初めてだった。自分がアカギにそういう表情をさせたのだということに、何となく優越感を覚え、カイジは言葉を続ける。
「鉛筆の持ち方だよ。小学校で習ったろ」
「……」
アカギはカイジの顔を見たまま、僅かに首を横に振る。
「マジかよ」
今度はカイジが驚く番だった。
でも確かに、ガキのこいつが、ランドセルを背負ってまともに小学校に通っていた、と言われる方が、鉛筆の正しい持ち方を知らないと言われるより遥かに信じがたい。
どういう納得のしかただよ、と自分で思いつつ、でもそれで納得できてしまうのだ。それだけ突拍子もない奴なのだ、アカギという男は。それがなんだか可笑しくて、カイジの頬が緩む。
カイジはごく自然にアカギの手に触れた。
小さな子どもにするように、アカギの指を引っ張って、正しい持ち方をさせてやる。
「お前って変なやつだよなぁ」
曲がっているアカギの人差し指を伸ばしながら、カイジは呆れ、微かに笑う。
「なんでもできるくせに、こんなことも知らないなんてな」
アカギはカイジにされるがまま、黙って自分の手を見詰めていた。
正しい持ち方に修正して、カイジが手を離したあとも、しばらく、アカギは自分の手に視線を落としていた。
やがて、
「カイジさん」
自分の手を見たまま、アカギはぼそりと言った。
「あのとき、なんで助けてくれたの」
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