ココロの標識
私のキモチを車に例えると。
それは新品ピカピカの軽自動車。
まだ何の飾りもない。
綺麗なパールピンクの。
うまれたばかりの小さな車。
私は運転席に乗り込んで。
風を受けて走り出す。
助手席にはまだ誰もいない。
好きな音楽を聴きながら。
どんどんスピードを上げていく。
走れ、うまれたばかりの私の車。
■ ココロの標識 ■
「はぁ…カッコイイなぁ」
私の視線の先。
そこに居るのは無口なクラスメート。
彼は誰とも話をしない。
人嫌いなのか何なのか。
誰ともつるもうとしないし、笑いもしない。
だけど、その容姿。
彼を密かに想っている人はかなりいる。
そして私もその一人で。
そして明らかな片思い。
私の車は今。
一方通行の道路を走っている。
向こうからは誰も来ない。
当たり前だよ、一方通行。
ずっと真っ直ぐなその道を。
誰も来ないと知りながら。
だけど私は諦めない。
いつか抜けると信じて。
一方通行の道を走り続ける。
あれは一週間ほど前。
ずっと読みたかった好きな小説家の新作が売り切れで落ち込んでいた時に。
「貸す」
そう言って本を差し出した。
それが無口な彼だった。
見たことない笑顔で微笑む彼に。
私は一瞬で恋に落ちていた。
今日こそは話しかけよう。
無視されるのは分かっている。
だって彼のまわりは進入禁止。
誰も入れないその領域。
だけど私はいつまでも。
同じ道路を走っていたくないから。
だから私はこの道を。
左に曲がって彼の道。
誰も入れない領域に。
入って行こう、そう決心。
借りた本を返すだけ。
そう呟いて。
いざ発進。
「カスガ君」
「……なに?」
「この本ありがとう。面白かった」
これは一体何の音?
ドキドキドキと音をたてる。
彼の目を見るたび、話すたび。
私の車は音をたてる。
左に曲がったその先に。
あったのは彼の笑顔だった。
彼の二回目の笑顔を見た日から。
私の車は少しカタチを変えた。
飾りを加えて、賑やかに。
色を加えて、鮮やかに。
だけどやっぱり隣に誰も居ない。
それがどんどん寂しくて。
もっと加速を、アクセルを。
ガソリンは満タン、準備も完了。
そして車はもう一度。
彼の元へと走り出す。
「カスガ君」
溢れそうな気持ちを伝えたくて。
本のお礼と彼を誘った公園まえ。
彼はやっぱり無口で。
会話も何もないままに。
私は大きくクラクションを鳴らす。
「カスガ君! 私!」
目の前には交差点。
向こう側にはカスガ君。
だけど私はブレーキを踏む。
だって今は赤信号。
こんなに近くに居るのに。
彼は私に赤信号を出す。
「ごめん、」
待ってと彼は行ってしまう。
ここはいつかの一方通行。
そうかやっぱりこの道は。
私だけの道、孤独の道。
彼へは想いは届かない。
だけど、よくよく見てみると。
赤信号じゃなくて一時停止。
彼はまたここへと戻って来る。
両手に新しい本を抱えながら。
笑顔で走って戻って来る。
一旦、停止をしてしまえば。
あとは進むだけ、伝えるだけ。
彼のまわりの進入禁止は。
いつの間にかなくなって。
今見えるのは。
進めの青信号。
私は彼へと発車する。
end...
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