君を想うトキ 確かに俺はどうしようもない男だ。 遅刻は当たり前。 早弁だって当たり前。 授業は居眠りで過ごすし。 頭も悪い。 夜遊びだってするし。 酒も飲む。 だけど。 こんな仕打ちないぜ? 好きで、好きで、やっと手に入れたあいつが遠くに行ってしまう。離れて行く。 いつも一緒に居たのにもう居られない。 もうあいつの顔も見れない。声も聞けない。触れる事も出来ない。 「ハルト離れたら私達は終わり?」 あいつは涙を溜めてそう言った。馬鹿言え、終わりになんか出来るか。 出来るわけない。そんなの当たり前だ。 だって俺はずっとずっとお前を想ってきたんだから。 * あいつは真面目で優等生。 遅刻なんかしないし、早弁もしない。 あいつが居なくなって。 俺は早起きするようになった。だから朝食もきちんと食べるから早弁の必要もない。 居眠りもしない。授業も真面目に聞く。似合わないとクラスの奴らに言われようとも。俺は己の意思を貫く。 こんなに真面目にしたって、サチが戻ってくるわけないのに。 今更真面目にしたところでもう遅いのに。 あいつは真面目で優等生。 だから心配かけたくないんだ。遠い所に居るあいつに俺の心配させたくない。 放課後から夜はずっとバイト。いつも通っていたカラオケ屋の接客や掃除。 夜遊びはもうしてない。あの生活を惜しいとも感じていない。 あいつに会う為に、すぐにでも会う為に俺が出来る事はこれしかない。 あいつの声が聞きたくて。 だけどあいつは真面目で優等生。 何時にかけたらあいつの迷惑にならないか。何時だったら長く話が出来るか。 色々考えて、この時間ならいいだろう。そう思って電話をする。 だけどいつも話し中。離れて一ヶ月あいつの声を聞いていない。 「あー、会いてぇなぁ」 サチに会いたい。 メールだって出来るけど、文字だけじゃつまらない。どうせ電話が繋がっても声を聞くだけじゃもの足りない。 黒い髪、細い手足、大きな瞳。全てが目に焼き付いている。 サチの笑顔が見たい時。あいつの笑顔を思い出す。 俺がこうやってあいつの笑顔を思い出している今。 あいつは、今何をしているんだろう。それを考える。 「もう駄目だ。もう――」 何をしているか考える。それがもどかしい。 笑顔を思い出す。もう思い浮かべるだけじゃいやだ。 だから俺は会いに来た。 「これは神様のプレゼントじゃないの?」 可笑しな事を言うサチを笑いながら抱きしめる。 「本物なの? 本物のハルトなの?」 サチは俺にしがみ着き、俺の顔を覗き込む。 「自然消滅じゃないの? 新しい彼女が出来たんじゃないの?」 何が自然消滅だ。そんな事させるか。 新しい女? お前が居るのに出来るわけがない。 「もうやだよ…ハルト。離れてるのは辛いよ」 俺は弱音をはくサチに言ってやった。 めいイッパイの愛情を込めて。 「馬鹿だなサチ。俺はお前と離れてからずっと。前よりもずっとお前の事を考えてるよ。離れてるからこそメチャクチャお前を想っているよ」 そう離れてるからこそ。 それが。 君を想うとき。 離れてる距離に値する。 君を想うとき。 あとから分かった話。 俺がかけても話し中。 あいつがかけても話し中。 何故か。 相手を想うトキが重なって。 かけた時間が一緒だったから。 end... [*前へ] [戻る] |