繋がれた手
生きていく上で必要な手。
字を書くにも使う。
扉を開けるにも使う。
何かを掴むにも使う。
―――だけど私の両手はいつもふさがっている。
■ 繋がれた手 ■
いつか私の体は真っ二つに引き裂かれるかもしれない―――。
そう思ったのはもう随分と前から。
黙って。
だけど力強く。
私の右腕を掴むコウタ。
そんなコウタから。
引き離すように。
私の左腕を引っ張るユウタ。
『ヒカルは僕のだよ』
『いや俺のだ』
*
三人で居るのが当たり前だった。
当たり前過ぎて、私は忘れていた。
この関係は、オカシイって。
ようやくそれに気付いた時には。
二人は私にとって。
無くてはならない存在になっていた。
だけど。
私は今日決意する。
二人から、離れようと。
「好きな人がいるの」
思った通り二人の少年は、信じられないという顔をした。
「は、初恋なの。頑張りたいの。それから…誤解とかされたくないの」
彼等の顔を見ないように捲し立てた。
「……だから、もうこういうのは…」
やめよう。
「誰?」
「どんな奴?」
コウタは憎しみを込めた表情で。
ユウタは悲しそうな顔をして。
「言えよ」
「……言えない」
「僕じゃないの? もしかしてコウタ?」
私は首を振る。
「それじゃ、ユウタか?」
もう一度首を振る。
「なら!」
コウタが私の肩を揺さぶる。
その両手はとても、力が入っていて。
痛かった。
「誰なんだよ!」
真っ直ぐに私を見つめ。
苦しそうな顔。
一度私は目を瞑る。
そして覚悟を決めて、初めて。
「離して」
コウタの手を振り切った。
「ちっ」
「ね、ヒカル……」
いつものように左腕を引っ張るユウタ。
「僕じゃ駄目なの?」
瞳に涙を溜めて、私を見る。
「こんなに、ヒカルが好きなんだよ」
「……ごめんなさい」
ごめんなさい。
二人とも、ごめんなさい……。
ユウタの手が離れていくのを感じた。
コウタが目を背けているのに気付いた。
同じ空間にいて。
言葉を発せず、曖昧な距離をとる私達。
しばらくしてコウタが出て行った。
すぐ後にユウタも出て行った。
「………っ…………」
初めてだった。
辛いのが。
苦しいのが。
空っぽの腕。
「………ごめ……っ……」
誰かを選ばなきゃいけないと思った。
このままじゃいけないと思った。
それが世の中の決まり。
恋人とは二人の男女のこと。
夫婦も二人の男女。
三人じゃない、二人。
二人という事は一人が残る。
残るなら、私でいい。
一人になるのは私でいい。
離れていくのはコウタとユウタでいい。
傷付くのは、私でいい。
残す側ではなく、残される側でいい。
好きな人なんかいないよ。
だって、二人が傍にいたから。
ずっと傍にいたから。
好きな人なんて必要なかったんだよ。
どちらかなんて選べない。
二人が好きだった。
コウタが好きだった。
ユウタが好きだった。
だから掴まれる腕よりも心が痛んだ。
二人の気持ちに応えれないから。
二人が望むカタチになれないから。
だけど、傷付けた。
結局傷付けてしまった。
ユウタは泣いてた。
コウタだって辛そうだった。
ならどうすれば良かった?
このまま、今のまま。
二人に両手を繋がれながら。
大人になっていくの?
いいの、ユウタ?
それでいいの?
ねぇ、コウタ。
あなたはそれで満足出来るの?
「何で泣いてるの?」
「!」
「何で? 泣きたいのは、僕だよ」
教室の入り口には去って行ったはずのユウタの姿。
夕日色の綺麗な髪が輝いていた。
「………!」
何で戻って来たの?
あなたの気持ちを拒んだのに。
何で。
「やっぱり僕ヒカルが好き」
次に、諦められないと呟く。
「好きなんだよ」
溢れる涙を止める事ができなかった。
嗚咽を漏らしながら、何度も首を振る。
もう言わないで。
これ以上。
もう――――。
傷付けたくないの。
大切なの。
離れる覚悟が出来るくらい。
大事なの。
「泣かないで、ヒカル」
頭を撫でるユウタの手は何も変わらない。
少し強引で、だけど温かい。
「ヒカル……泣かないで」
何も言えない私に、何度も泣かないでと繰り返すユウタ。
「私には、……っ……。好きな人がいるの」
「……うん」
「…も…、ユウタやコウタと…一緒に居れないの」
「……うん」
「だから……私を……っ…」
この手を、
「離して」
………嘘だよ。
ユウタ。
悲しまないで。
この嘘に気付いて。
だけど気付かないで。
「ね、ヒカル」
矛盾な言葉を頭の中でずっと繰り返していた。
いなくなって。
いなくならないで。
嫌いになって。
嫌いにならないで。
一緒にはいられない。
ずっと一緒にいたい。
「もし、ヒカルが僕とコウタの事で悩んでいて。それでこんな嘘をつくならば」
ユウタはぐっと私の腕を掴んだ。
いつもの左じゃなく右腕を。
「僕は諦めない」
鋭い目。
私の心の中を全て覗かれているような。
強い光がともった瞳だった。
「だから、ヒカル言ってよ。嘘だって。ヒカルの口から。嘘だってさ」
「……うそ、じゃ」
ない。
言いたかった。
言いたくなかった。
一人残された孤独感は計り知れないほどの恐怖だった。
いや違う。
孤独だからじゃない。
二人がいないから。
それが怖かった。
ただ怖かった。
「そこまでだ。その手を離せ」
「……え?」
ふいにコウタの冷たい声が聞こえた。
いつの間にか、扉に腕を組みながら寄り掛かっているコウタ。
「……な、なんで」
コウタまで戻って来ちゃうの。
何で。
「やっぱり信じられないんだ」
「しんじ、られない…?」
「いや、認めたくないと言った方がいいか」
溜め息をついて向かって来るコウタ。
近付くとユウタの手を払い除けた。
「……何で、こんなに好きなんだろうな」
コウタは私の右の手を握りしめて苦しそうに呟く。
「……何で、この手を離したくないんだろう」
「……コウタ」
「……何で、誰にも譲りたくないんだろう」
コウタの黒髪が揺れて。
そのあと、弱々しく微笑んだ。
「お願い、ヒカル。俺の居場所をここに残させて」
「……けど」
「お願いだから俺の居場所を奪わないでくれ」
想像していたよりも。
辛そうな二人。
想像していたよりも。
辛い私。
私、間違っていたのかな。
正しい選択だと思っていた。
常識を考えて。
これが正解だと。
けどもう。
分からない。
正解なんてあるのか、ないのか。
正解だと幸せになれるのか。
間違っていたら不幸なのか。
「だって私は」
ここで堪えなきゃ。
もっと傷付ける。
もっと傷付く。
だから駄目なのに。
……なのに。
「ユウタも」
左手をユウタの手に。
「コウタも」
右手をコウタの手に。
「どっちかなんて選べない」
最低な私でごめんなさい。
きっと、これで。
二人は愛想を尽かして。
私から離れていく。
大丈夫。
覚悟してた事だから。
一人になっても。
両手が寂しくても。
二人をこれ以上傷付けるより。
よっぽどいい。
バイバイ。
本当に二人が大好きだったよ。
「ヒカル」
だけど二人はそのまま動かなくて。
いつも通り私の手を握りしめていて。
その顔は。
悲しみも怒りもなくなっていた。
「線を二つ繋げると丸になるよね?」
そう言ってユウタが微笑む。
「丸はさ、不安定で気が付けば転がって行ってしまうんだ」
丸? 一体なんの話?
「けど線を三つ繋げた三角だと、どう?」
「安定する、転がる事もない」
コウタも声のトーンを控えめに付け足す。
「そう」
「全ての丸が転がるわけじゃないし、三角だって転がる事があるかもしれない」
「だけどきっと僕達なら」
「揺るがない、三角に」
「なれると思うんだ」
……本当は笑いたくなった。
真剣な顔で。
意味分からない事を言うから。
だけど。
想いは届いて、心が軽くなった。
丸じゃなくていいんだ。
三角でいいんだ。
「ヒカル、好きだ」
「僕もヒカルが大好き」
こんな二人を。
離せはしない。
きっといつか終わりは来る。
だけどそれは急な坂じゃないから。
丸ならたちまち転がって行ってしまうけど。
三角なら、私達なら。
それは遠い未来。
なんじゃないかなと思う。
右の強い手も。
左の温かい手も。
ずっと私のもの。
私の両手は繋がれたまま。
ずっと三人で。
そう、三人で。
end...
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