Long-story 番外編 A そう、あの日は暴いてやると誓ったはずだった。 なのに。 ナナリーの車椅子を押すルルーシュは、現れた青年を見て呆然と固まった。 大きな緑色の澄んだ瞳、こげ茶色の癖っ毛、細い体の線は第一印象を幼くする貌とあっていた。 身長はあまり高くはないようだけれど、初等部のルルーシュが見上げるほどの高さだ。 それに気付いたのか、彼はルルーシュとナナリーに視線を合わせる為にしゃがみ込み、ルルーシュに微笑みかける。 「こんにちは、来てくれてありがとう。今日はゆっくり楽しんで行ってね。」 子ども扱いされていると分かっても、それに反抗する力はなかった。 落ち着いた声がルルーシュの心に染み渡る。不思議な気持ちになった。 咲代子や学校の教師とは違う。温かみのある声が懐かしく思えて仕方が無い。 「おお……!!これが国家美術館の内装!!」 大袈裟な身振り手振りで中へ歩み出したクロヴィスをほったらかしにして、シュナイゼルが青年を見下ろしながらふわりと笑った。 「今日はありがとうございます。弟のルルーシュと妹のナナリー、あれがクロヴィスです。 弟妹揃ってお世話になります。」 「いえ、また来て下さって嬉しいです。」 ナナリーの手を優しく包み、青年がルルーシュとナナリーを見比べる。 そして、明るい笑顔を見せた。 「案内をさせてもらう枢木スザクです。 宜しくね、ルルーシュ君とナナリーちゃん。」 「こちらこそ、宜しくお願いします。スザクさん。ナナリーと呼んで下さい。」 スザクの優しげな声に安心したのか、ナナリーの声にも安堵の色が濃く宿る。 目が不自由で足も不自由。そんな自分が、美術館に行っても良いのだろうかと今朝、ナナリーが不安そうにそう漏らしたのをルルーシュは聞いていた。 だから、スザクの自然な優しさが、嬉しかったんだ。 「という事は、ゴッホとロートレックは画塾で出会ったのですか?」 「はい。ゴッホだけでなく、ロートレックはベルナールという画家にも其処で。」 「私はロートレックの作品で、一番ジャポネが好きなんです。 女性の柔らかさが滑らかに描かれているのが格別ですよ。」 「柔らかさなら、僕はルノワールなんかが好きですね。 ぼかし具合が柔らかいから、優しい感じがします。」 「ルノワールは趣味じゃありませんね、あんまりにも抽象的過ぎるタッチでしょう? そういう点では、コローの方が輪郭がはっきりしていますからね。 ちなみに、枢木さんは誰の絵画が好きですか?」 ナナリーの車椅子をシュナイゼルが押し、その隣をクロヴィスとスザクが絵画について何やら話しながら先へ進む。 クロヴィスの突っ走り気味な話を、スザクは上手に手綱を握ってリードしていた。 シュナイゼルがするような、適当に受け流すような事をせずに全て丁寧に答えて。そして、優しい笑みを忘れない。 自分の価値観を基準にして語らないスザクに、ルルーシュは酷く憧れた。 「さぁ、ナナリー。これがガラス彫刻の絵だよ。」 壁に掛けられた大きく厚いガラス。 それには、美しいマリアの彫刻がなされていた。 マリアが身に纏うシルクの皺から髪の筋までがリアルに彫られていて、彫刻家の偉大さを思い知らされる。 が、雄大なその彫刻絵を鑑賞していたルルーシュは、スザクがナナリーを車椅子から抱き上げようとするのを見て目を見開いた。 「、ナナリーに触るな!!」 気付けば、自分でも驚くほどの大声を上げてスザクの腕を叩いていた。 「、ルルーシュ?」 クロヴィスの訝しむ様な呼び声ではっと我に返ったが、言ってしまった言葉は高い天井に反響して消える。 ナナリーの悲しそうな顔と、スザクの驚いた顔、クロヴィスの不思議そうな顔と、シュナイゼルの冷めた苦笑が自分を見ていた。 この日の為にとシュナイゼルが美術館を貸し切りにしたせいで、自分たち以外には誰もいなかったが、そのせいで異常な沈黙が降り立つ。 不自然になってしまった空気を、先に解いたのはルルーシュではなくスザクだった。 「ごめんね、確かに危ないな。ガラスは割れ易いし、知らない人に抱き上げられるのも怖いよね。 気付いてあげられなくてごめんね。じゃあ、シュナイゼルさん。」 先程と何ら変わらない微笑でナナリーを降ろし、シュナイゼルに視線で頼む。 大らかに頷いて、変わりにナナリーを抱いたシュナイゼルは、彼女の手をガラス彫刻まで示してやる。 恐る恐る手を伸ばしてガラスを触ったナナリーは、無理に明るく笑ってスザクの方を見下ろした。 「残念だけど、この彫刻品を作ったのが誰なのかも題名も文献には残っていないんだ。 だから著作権の関係上、教本や資料集には載せられないから、この美術館では一番レアだよ。」 「凄いです……今までで触ってきた物で、一番感動してると思います……。」 にっこり笑って、スザクはナナリーに微笑み返す。 「そう言って貰えると凄く嬉しいよ。 絵画には触れないから、本当にざんね………?」 変なところで会話を区切ったスザクを皆が見つめる。 当の本人は、耳に取り付けられたヘッドマイクに手を当てて視線を斜め上に向けていた。 「、はい。枢木です。…はい、えぇ、ですから……えぇ!?倉庫、ですか!? 行った事?…ありませんよ、そんな、あそこは関係者以外立ち入り禁止で、あ…はい。 はい、すみません、セシルさん。っ笑わないで下さい! 今から行きますから。」 ぴ、と電子音を鳴らしてスザクが4人を見て申し訳なさそうに笑う。 「すみません、ちょっと手が足りないみたいで…。倉庫で何かあったみたいなんで、行って来ます。 もし宜しければ、地下にレストランがありますから其処を使って下さいね。」 また来ます、とだけ言い残して行こうとしたスザクの手を、シュナイゼルが急に掴んだ。 微かに驚いて見上げた彼を、シュナイゼルは優しい目で見下ろしていた。 「何か手伝いましょう。スザクさん1人では手間取るでしょう? 一緒に食事もしたいですから。」 「………そう、ですか…。 ありがとうございます。じゃあ、お願いします。」 2人で振り返り、クロヴィスに弟妹を頼んだよと伝えてスザクと行ってしまったシュナイゼルの顔を、ルルーシュは見ることが出来なかった。 ずっと下を向いている事しか出来なかった。 [*前へ][次へ#] |