Long-story ラブストーリーはすぐ傍に A 楽団に限らず、多くの集団や集まりになると年功序列というものが重要視されるようになる。端的に力の差や立場を分ける事が出来るし、何より都合勝手が良い。 ブリタニア楽団も例外ではなく、ミーティングの際は最も年長者である嫡男オデュッセウスと次男シュナイゼル、その下の三男クロヴィスが上座に着いて計画や企画を提案し、両脇にいる長女コーネリアと四男ルルーシュが意見を出す。 コーネリアの部下であるギルフォードや経験の浅いユーフェミア、未だコンサート舞台を踏んでいないルルーシュの妹である三女のナナリーやブリタニア家ではないスザクは、余程重要な会議でない場合を除いては出席せず、新しい団員の指導や楽器の手入れをして報告を待つのだ。 練習部屋に楽器を運んだり、楽器の整理をしたりと力仕事が多い中、ユーフェミアもナナリーも不平を溢さず良く働いている。尤も、重いものは率先してスザクが運び、それを新団員がカバーするという形を執るのでさほど女性陣には負担は無い。 「それにしても遅いですね、お兄様やお姉様達…。」 手に付いた埃を意外にも無頓着に上質なスカートで払おうとするから、慌ててスザクが持っていたハンカチをユーフェミアに差し出す。 普段徹底した躾を施されている彼女の行動とは思えない。ハンカチを受け取った後もユーフェミアの意識は心此処に在らずと云った具合だったが、スザクも確かに気にはなっていたのだ。 どんなに長くても、9時に始まったミーティングは10時過ぎには必ず終わる筈なのに、既に今は11時30分。次のコンサートの演目を決めたりするにしても2時間以上も掛かるだろうか。 今日はギルフォードが別件で出席していなかった為、手入れや移動に若干手こずったが、裏方と呼べる仕事はもう片付いてしまった。 しかし、自分達のような半人前が会議を覗きに行く訳にもいかない。 さてどうしようかと本気で悩み始めた時、スザクとユーフェミア、そしてナナリーが集まっていた練習部屋のドアが開いた。 困ったと言わんばかりに眉をハの字にしたまま現れたオデュッセウス、呆れた様子のコーネリアと、苦笑を浮かべたシュナイゼルにクロヴィス。そして、不機嫌を顕にしたルルーシュ。 何か会議中に起こった事は明白だった。 「お姉様、お帰りなさい。随分遅かったのですね。」 (ユフィ――――……!!??) 君のその正直さは一体何処から来るのか教えてほしいよ、と心中で涙を流すスザク。 がしかし、溺愛している妹に会えた事が喜ばしかったのか、コーネリアの表情はゆっくりと柔らかさを取り戻して行った。 「あぁ、まぁな。次のヴェネツィアコンサートの演目でな。」 コンサートと聞いて思い出したのか、ユーフェミアは一層表情を輝かせてクロヴィスの処へと跳ねて行く。 「ねぇクロヴィス兄様、次のスザクのパートナーは誰ですか? 私、早くスザクと組みたいんです。ハープとフルートでは組めないのは知っていますから、私が新しく楽器を。」 「残念だがユフィ、今回のスザクのパートナーはルルーシュに決定したんだよ。」 苦笑、困り顔、呆れ。色んな感情を込めて溜息を吐き、肩を竦ませたクロヴィスは面倒臭そうにルルーシュを見遣ってユーフェミアの言葉を切った。 彼の話を聞いて、スザクは苦笑いを見せて首を傾げる。 (あちゃ〜……。とうとう当たっちゃったか…。) スザクとしても、内心複雑だった。 「曲目はピアノとフルートで、シューマンの‘Three Romances Op.94’。フィーリング・ミュージックが流行っているそうだから、丁度良いだろうという話なんだけれどね……。」 いつになく歯切れの悪いシュナイゼルの心情は、スザクには痛いほどよく分かる。 答えは、四男坊であるルルーシュとスザクの関係性だった。 自分がブリタニア楽団に就職してからすでに1年が経ち、初めは近寄り難い雰囲気を感じていたコーネリアとも上手く話せるようになったと思う。けれど、この1年スザクが仕事以外で話しかけた事がない人がいた。 それがナナリーの兄、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだった。専門楽器はピアノ。彼の美しい指に掛かればどんな古びたピアノだって若々しい音色を奏でると言われる評判の天才ピアニストだ。 年もスザクと同じ。シュナイゼルと似た紫色の瞳と、年が近い事から自分も親しい間柄になれると思っていたのだが。 どうやら避けられているらしいと気づいたのは入団して3週間後くらいの時だ。 避けているものを無理に追うのは好きじゃない。向こうが話しても良いかなと妥協してくれるまで根気よく待とうと思ったままズルズルと今日まで来てしまったのだが。 (どうしよう…。) はっきりいってやっていく自信がない。 それは向こうも同じなのか、シュナイゼルの言葉を受けてキツく此方を睨んで首を背けた。正直、何故此処まで嫌われているのか分らないのだけれど。 「……なら、私がピアノを弾きます!私だって今でもピアノはやってますから、ルルーシュ程ではなくともきっと。」 「ユフィ、これはそういう問題ではないのだよ。」 明るく空気を払拭しようと発言した彼女の肩に、シュナイゼルが手を置く。 「ヴェネツィアは昔から音楽が盛んでね、初のコンサートになるから妥協を許す訳にはいかない。ルルーシュの技量とスザクの技量はほぼ同じ。 ……分かるね?同じ技量の者をペアにしないと片方が片方の足を引っ張ったりバランスを崩したりするんだ。」 しん、と静かな空気が降り立つ。何か言おうとして口を閉ざしてしまうユーフェミアと、呆れて物を言おうとしないコーネリア、そして困った困ったと口に出したそうなオデュッセウスと、呆れ半分諦め半分で部屋から出て行ってしまったクロヴィス、ルルーシュを見て目を細めるシュナイゼル。 更に、俯いたまま何も言えないナナリーと彼女の隣へ黙ったまま移動するルルーシュ。 (…僕にどうしろと……。) 自分は違うけれど、言ってみれば彼らは皆親戚や姻戚関係にあるのだ。下手な行動を取るとどうなるかは、彼ら自身が一番良く知っているはず。 それを押してでもなお、ルルーシュは自分と距離を置きたいというのか。 頑固者。 一言そう言ってやりたかったがそうもいかず。はてさて一体どうしたものかと考えていると、ふと視線を感じて顔を上げた先にはシュナイゼルの微笑みがあった。 甘く、優しく穏やかな貌。以前土砂降りの雨の日、自身の車の中で垣間見たあの微笑みだった。 『ス ザ ク 』 (、名前…。) 誰にも聞きとられないよう唇の動きだけで名前を口にする彼に、少しだけ息を呑む。2人きりの時でしか呼ばない名前を敢えて今呼ぶその真意は。 視線を何度か彷徨わせて、漸くスザクは目線だけでシュナイゼルに返事を返した。そして、離れて行ったルルーシュの元へと足を運ぶ。 フローリングの床に響く靴の音が妙に耳に残った。ユーフェミアもオデュッセウスもコーネリアも、ルルーシュも自分の事を見つめている。 そんな中、スザクはルルーシュの前で立ち止まり、出来るだけ穏やかな微笑みを浮かべて手を差し伸べた。 「それじゃあ改めて宜しくね、ルルーシュ。」 驚いたのか、眼を大きく見開いて息を呑む彼を何故だか純粋に可愛いと思った。表情を崩すなんて珍しい、そういう意味では今日の遣り取りも無駄ではなかったのだろう。 差し出した手とスザクの顔、両方を何度か交互に見比べたルルーシュは、溜息を吐いて握手に応じてくれた。 シュナイゼルと違う濃紫色の瞳は、どういう訳か嬉しげな色を湛えているように見えて不思議だった。 [*前へ][次へ#] |