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Long-story
ラブストーリーは気紛れに A






2階へと続く階段から降りて来た彼は、シュナイゼルを見てあはぁ〜と笑った。

「久しぶりだね〜シュナイゼル君。
元気だった〜〜??」

こちらの空気を一切無視して自分の席の前に腰を降ろす。

スザク君モカ、と単語を連ねただけの文章を口にしても、真面目な彼はカウンターへと向かっただけ。

「……ロイド。」
「いやぁ〜ビックリしたねぇ、キミがあっちこっちからの就職勧誘を断ったかと思えばいきなり音楽の道へ逆戻り。
お父さんとは仲直りしたの〜〜??」

相変わらず人を食ったような笑みを浮かべて頬杖を突く彼に、溜息が出る。
以前そう云った時、‘アナタにだけは言われたくないね’と返されたのだ。

「別に、父上と喧嘩をしていたのではない。
ただ少し反抗してみたくなっただけなのさ。」
「平和だね〜、世の中には父親に反抗できない可哀相な子もいるのに。ね〜〜スザクく〜ん。」

モカを運びに来た彼、スザクに話を振るロイド。

シュナイゼルが見上げた先の彼は、酷く困ったような顔をしていた。

「ロイドさ〜〜〜〜〜ん????
そんなに私の拳が好きなんですか???
ふふふ、拳も言ってますよ。‘ロイドさんのそういう無神経なところが大好きです’って。」

ロイドの眼鏡が宙を舞った。






「父上と何かあったのかな?」

未だセシルに胸倉を掴まれているロイドをそのままに、シュナイゼルは立ち尽くしたままのスザクを見つめる。

まるで、捨てられる前の子犬のような、か細く頼りない瞳だった。
盆を抱え込んで、首を軽く横へ振った。

「いえ…就職について、少し意見が食い違っただけです。
でももう終わりましたし、仕方ない事なんです。」
「スザク君………。」

ロイドから離れたセシルが、彼女よりも小さいスザクを撫でる。

重苦しい空気にしてしまったような気がして少々後悔もしたが、ふとシュナイゼルは先程からロイドに言ってやりたかった事を口にした。

「それよりロイド、こんな女性と少年を夜の喫茶店に2人きりにして……。
何かあってからでは遅いのだよ?もう少し時間割りを心掛けるべきだろう。」
「少年…??」

素っ頓狂なスザクの声がする。続いて、ロイドの馬鹿笑い。

「あは、あはははははは!!しょ、少年っ!はは、ははははっはははは!!!」
「…笑い事じゃないですよ、ロイドさん……。」
「何か、失礼な事を言ってしまったのかな?」

目尻の涙を拭いながら眼鏡を掛け直すロイドが、モカを啜りながら息を整える。

いかにも愉しそうに人差し指を立ててにんまりと笑いながら。

「スザク君、今年で大学卒業するんだよ?
だから今21歳、僕たちとは8歳違うだけなんだ〜〜。」

「!!っぅえぇええ!!??
29歳なんですか!!!???」

ガランガランとお盆を取り落としてスザクが目を剥いた。

その問いかけはシュナイゼルに対するものだ。
彼の純粋な感情を向けられて、僅か、というか大分と機嫌が良くなっていくのが自分でも良く分かった。

にっこりと微笑を浮かべて、スザクに頷いて見せる。

「そう、今年で三十路だよ。もうオジサンなんだ。」

そんな、とかなりショックを受けている様子がおかしい。

恐らくこの反応では、年より若く見えていたのだろう。事実よく驚かれるし、そう言われている。
けれど、悪戯心が芽生えた。

「老けて見えるだろう?
小さい頃からよく年より上に見られていてね、ちょっとしたコンプレックスだったよ。」

「い、いえそんな!
どちらかというと二十代前半のように…、あ、いえ別にそう意味じゃなくって、えぇと……。」

‘キミのそういうトコロ、全然変わってないね’とでも言いたげなロイドを横目で見やりながら、シュナイゼルはそろそろ作戦に出ることにした。

「お邪魔したね、そろそろ家に帰るとするよ。」

怒っていない事を示すように優しい笑みを浮かべながら、スザクの頭を撫でてやる。

案の定驚愕したような表情で固まる彼を見て、テーブルに御代を置いた。

「スザクくん、ついでだし、この人の屋敷も近いから送ってあげてよ。
明日休暇取ってくれて良いからさ〜。」
「………!」

モカを喉を鳴らしながら飲むロイドに僅かに振り返る。

意外だった。
これから、彼に送ってもらうよう会話を繋げるつもりだったのに。

しかし、驚いているのはシュナイゼルだけで、当の本人であるスザクはわかりましたと返答する。

「車回して来ますから、待ってて下さい。」

盆を置いて店の外へ出たその後姿を見て、シュナイゼルはテーブル席で寛ぐロイドと、スザク
が淹れた珈琲の入ったカップを手で包むセシルを見下ろした。












チェロケースを持って店前で待っていると、ゆっくりとバックしながら近づいてくる車が見えた。
黒の上品なセダンで、けれど恐らくかなりの値がしていると思われるものだ。

店の入り口に横付けし、一人でにドアが開く。
どうやらオート式になっているらしい。

「お待たせしました、どうぞ。」
「ありがとう、すまないね本当に。」

助手席に乗り込みながら、眉を密かに寄せる。

先程までの話では、この枢木スザクという青年は今年で大学卒業し、就職もまだだと聞いた。
一目見ただけでも分かる程の高級車を、これだけ手慣れたように使うなんて。

よほどの家に生まれたのだろうなと想像した。

「僕方向音痴なんで、道間違える前に教えて下さいね。」

恥ずかしそうに笑う彼に笑い返す。
運転慣れしているのが分かるハンドルの扱いを見ていると、微苦笑を浮かべてシュナイゼルに話し掛けた。

「この車、父が僕にと買ってくれたんです…。」
「父上が?」
「はい。僕は、要らないと言ったんですけど必要だろうと……。」

目を伏せながら、それでも丁寧にハンドルをきるスザク。

「……大事にされているのは、分かっているんです………。
でも父は、父さんは僕の夢を分かってくれなかった………。」
「君の夢は?」

信号が赤に変わり、穏やかにブレーキを踏む。

傘を差したサラリーマンが地下鉄の駅から雪崩れる様に歩道を歩いていく。

「…警察官になりたかったんです。
ずっと憧れてたし、その為に勉強だってしてたんですけど…。」

父さんは、と口を噤む。
信号が青に変わる。アクセルを踏んで、車が走り出した。

車内のライトがあるにも関わらず、2人は暗かった。

「父さんは、オーケストラに入れって………。」
「っ……!!」

思わず息を呑んだが、スザクは此方の動揺に気づかなかったらしい。

力無い目で前を見て、でも口元には笑みを作って。

(、それで………)

シュナイゼルは、ようやく店内でのロイドとのやり取りを理解した。








「彼、今大変なんだよね〜〜。」

折角スザクが淹れたモカをズルズルと音を立てて飲むロイドを見下ろしながら、耳を傾ける。

雨音がさらに強くなるのが聞こえた。
この分だと明日の朝まで降り続けるかもしれない。

「お父さんの愛情、昔からの夢、将来の現実性、色んな事に板挟みにされちゃってさ〜。
見てるこっちがハラハラしちゃうの。」
「何故、それを私に?」

問えば、常からでは考えられない真摯な蒼い眼がシュナイゼルを映す。
きつい、けれど何処か苦しそうな色だった。

「キミが、彼を気に入ってるから。」





ロイドは、シュナイゼルがチェロ奏者である事を知っている。

そしてシュナイゼルの家、ブリタニア家が代々オーケストラ一家であるという事も。
分かっていて、シュナイゼルに話を振らせたのだ。

(…………試されているのか……)

気に入っているというだけで送迎をさせるほど、ロイドは自分に甘くはないはずだ。

同じ立場にあったのだから、示してやれと。

最後まで、否、最初から反抗し切れなかったこの不安定な子供に、教えてやれと。
ロイドの鋭い声が聞こえてきそうだった。

「…スザク君はどうしたいのかな?」

答えは、返ってきそうにない。ただ俯きながら、車を言われるが儘に走らせるだけ。

なるほどな、と確信した。
彼は。

「逃げて来たんだね、選択から。」

「っ……」

大きく動揺したスザクの手にやんわりと己の手を重ねて、体を寄せる。

「そのまま運転しては危ない。
何処かに停めなさい、いいね。」

首を横に振りながら体を震えさせる。
まるで怯えた様な仕草だったが、シュナイゼルは此処で彼を諦めるつもりなんて更々無かった。

手に入れてみせる。
心の分厚い壁を抉じ開けてでも。








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