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Long-story
ラブストーリーは気紛れに @






かつて今日ほど厄日だったことはあっただろうか。

シュナイゼルはどんよりと暗い空を見上げて溜息を吐き出した。
ジョイント・コンサートを是非と言われ、仕方なく引き受けたというのにその相手は10分も遅刻をして来るし、

演奏中にマナーのなっていない鑑賞客が携帯電話を鳴らすし、挙句帰宅しようとすると酷い大雨。
送迎用の車は途中でエンスト、濡れて帰ろうにも今日は大切なチェロを持っていたし、タクシーを呼びたくても携帯電話を控え室に忘れてしまった。

こんなときに限って公衆電話は見当たらず、秘書のカノンに連絡することすら出来ない。

「帰ればアレの小言か……。」

いつもの甲高い秘書の長々としたお説教を思い出して笑えてくる。

雨宿りにと入った店も、10時という時間のせいでシャッターが閉められている。

さて、どうしたものか。
うーんと顎に指を掛けて小さく唸る。そんなシュナイゼルの傍で、強い雨音を打ち消して靴音が響いた。

「どうかしましたか?」


現れた彼は酷く幼くて、輝かんばかりの美しい碧眼を持っていた。













「まぁ、それは災難でしたね。どうぞゆっくりして行って下さい。」
「すみません、ご迷惑をお掛けします。」

白くて柔らかいタオルを手渡してくれたのは、セシルという優しげな女性だった。

勧められるままに席に座り、濡れた髪をタオルで拭っていく。
シュナイゼルは今、喫茶店アリエスにいた。

迎えてくれたセシルは、事情を聞くと二つ返事でタオルやちょっとした着替え等を色々と都合してくれた。

「スザク君がロイドさんの代わりに買出しに行ってくれて良かったわ。
あの人だったら絶対に見捨てて行くもの。そうに決まってるわ。」
「そんな事ないですよ。
ロイドさんだったら、きっと車を出しているから気づかなかっただけです。」

にこにこと明るい笑顔をしながら、彼が歩み寄ってくる。

コトリとシュナイゼルの前に冷や水の入ったコップを置いて、何かご注文はありますかと問う。
その彼こそ、雨の中シュナイゼルを見つけ出し、この仕事先の喫茶店へと呼んでくれた青年、枢木スザクだった。

「あぁ、珈琲をエスプレッソで。」
「かしこまりました。」

白いカッターシャツと黒のベスト。

同じく黒の紐タイとスラックスにウェスト・エプロンを着て盆を持つ姿は年齢と合っていないような気がして、何だか可愛らしくておかしかった。

アリエスという店はカウンターが8席、テーブルが4つと座席数は少なかったけれど、店そのものは広くて品が良かった。

照明もしっとりと落ち着いていて、静か。
生まれも育ちも良いシュナイゼルでも、此処は満点に近い。

如いて言うなれば、こんな夜の時間帯に女と子供2人に店番をさせているオーナーに対して一言云いたいというくらいだった。

「お待たせしました、エスプレッソです。」

丁寧に目前に置かれたそれは、随分良い香りを漂わせて湯気を上げている。
礼を言ってカップに口を付ければ、舌の肥えたシュナイゼルも満足するほどの味が広がった。

「随分上手に淹れられるようになったわね、スザク君。嬉しいわ。」

カウンターでセシルが飲むそれは、恐らく今し方スザクが淹れたものだろう。
頬を僅かに染めながら、それでもありがとうございますとはにかんで笑う。

(若いな……)

それに自然体で可愛い。

「ところで、この喫茶店には男性店員はいらっしゃらないのですか?」

気になった事を問えば、首を傾げながらもセシルが答えた。

「いいえ、店長がいます。
今は2階で多分、珈琲豆の成分について研究中かと……。」

喫茶店の店長が、豆の成分について研究するだろうか。
むしろ、飲み物としてというより薬品類と同じように捉えているのではないだろうか。

シュナイゼルは、ふと同じ大学の知り合いの彼を思い出した。
論文や研究は学会を教授たちに開かせるほど。
人格や性格には少々難を抱えてはいたが、それでも中々興味深い知人だった。

確か名を。

「………失礼、セシル嬢。
先程、スザク君が誰の代わりに買出しに出たと言ったのかな?」

再び小首を傾げながら、それでも彼女は笑顔で答えた。

「ロイドさんです。ロイド・アスプルンドさん。」


嗚呼、それは私の大学時代の知人なんだよ。
そう云えたならどんなに気が楽だっただろう。








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