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Short/Story
I don't turn around.
確固たる気持ちなんて、どこにあるんだろう。
ましてやこんな恋愛に本気になりかけてる俺としては、
そんなものを信じることなんてできやしなかった。
無駄にあがいて、失いかけては取り繕って、あいつの気持ちを削っていった。
俺がその無意味さに気づいて、この手に抱きしめたいと思ったときにはもう

俺は、あいつを失っていた。






「ぎんちゃーん、これどこに詰めるアルか?」

「おー、そんなもんまだ残ってたのか。適当に入れとけ、適当に」

「銀さん、いらないなら捨てちゃってくださいよ。なんか無駄に物多いんだから」


にぎやかな引越しだ。
いつのまにか増えた荷物。守るべきやつらがいて、みんなで一緒にここを出る。
といっても江戸には居るわけだから、さほど遠くに行くわけでもないんだけれど。
無理やりにでも心境を変化させないと、どうにもここに居るだけで自分が情けなくなって腐ってしまう。



あれから3ヶ月が過ぎた。

だらだらと毎日を過ごすと、気づけば時間は過ぎていった。
以前と大して変わらないようでいて、それはひどくむなしくて。
神楽と新八にも、いい加減に家の中でごろごろするのはやめて仕事しろと尻をたたかれる始末。


だって、外にいけばあいつが居る。
顔を合わせりゃ平然としてる余裕なんてなくなる。
うろたえる俺を見れば、あいつはきっとまた心を削る。これ以上、ふりまわしちゃいけねーんだ。
俺だってもういい年した男だ。それくらいの余裕は――――。

「ぎんちゃーん」

自分への言い訳を成功させる直前に、玄関のほうに居るらしい神楽からお呼びがかかる。
あらかた片付いた居間の荷物を積み上げて、俺は返事をしながらそっちに向かった。


「んだよ、面白いもんでもみつけましたかー」


頭をがしがしと掻いて神楽を見やれば、珍しく少し迷ったように、神楽は振り向いた。


「コレ、どうするネ?」


その手にあったのは。

「っ・・・・」

あいつの、傘。

「持っていくアルか?・・・捨てる、アルか?」

二言目を少し濁すように声を下げて、神楽はしばらく答えない俺に痺れを切らしたのか、ぶっきらぼうにその傘を俺に押し付けてきた。


「・・・あとで働けヨ」


そういい残して、トントンと居間のほうに戻っていく。



俺はゆっくりとその傘を見る。
なんだか、ひざから力が抜けていく感じがして、俺は玄関に座り込んだ。


あの最後の夜。
あいつが来るときに振っていた雨は、1時間にも満たない話し合いのうちにすっかり上がっていた。

じゃあな、といった後姿。

この傘はそのときの忘れ物だ。
それに気づいて、俺はあいつがいつか取りに来るんじゃないかなんて、そう思っていた。
だけどそんな事あるはずもないと、やっと認められたのが先月のこと。
いい加減家に引きこもってるわけにもいかず、だからといって外に出るには何もかもから抜け出せなくて、
俺はそこでやっと、自分があいつにどれだけ惚れていたのかを知る、なんていう馬鹿げた事になっているわけだ。



いつもよってる眉間の皺。
低い独特の声のトーン。
考える仕草。
沖田君やゴリラたちと騒いでる姿。
時々笑う、その顔。


思い出して、不覚にも泣きそうになる。
そんな自分を叱咤して、俺は立ち上がった。
何度も考えた。何度も何度も同じことに後悔して自分を嫌いになって腐って、
だからここを出ると決めたはずだ。

俺は一人じゃない。いつまでも、ここでこうやって傘なんか抱いてうずくまってるわけには行かない。
それに――――最後の夜あいつが見せた、あんな顔、二度とさせちゃならない。


俺はその傘を玄関の隅に立てかけて、神楽と新八の居る暖かい居間へと、足を戻した。







「よし、これで全部ですね。」


引越し当日はよく晴れていた。
下のババア共が色々気を回して昼飯をつめた弁当をくれたり、あの妙が秘蔵のバーゲンダッシュドルチェをくれたり、なんだかんだといいながら作業は滞りなく終わった。

新八は満足げに手をはたいて空になった部屋を見て周り、神楽は外でせっせとバーゲンダッシュを食べている。
定春はその横に座り、トラックと並んで道をふさいでいた。


「うーし、いくぞー」


ブーツを履いて、新八を先に出し、もう一度振り返る。
なんだかんだ長い事世話になった。
下の階のババアを守るなんて大口たたいた俺が府抜けてるのを見て、環境を変えて出直して来いと進めたのは紛れもなくそのババア本人だった。


いつか、かえって来るだろう。3人で、帰ってくるためにも。
きちんと前に進まなきゃな。



「じゃ、向こうまで頼むぜ、長谷川さん」

「任せとけ!まーおじさんにはこのくらいしか出来ないからなぁ」

「引っ越し祝いくらいもってこいよ、極貧のマダオ」

「ぐぁ!!今すごく辛辣な言葉がきこえたような・・・」


そんないつものやり取りの後、トラックに乗り込んだ新八を確認して長谷川さんはアクセルを踏んで新居に向かった。
俺が世話になった歌舞伎町を歩いて行くというと、神楽はそれに付き合うといって利かなかった。
定春の上に飛び乗った神楽の横にならんで、それじゃーいくかと足を踏み出せば。


「・・・あの傘、どうしたネ?」


伺うように、でもいつものように酢昆布を齧りながら酢昆布娘は聞いてくる。
というかお前、さっきのバーゲンダッシュはどうした。まさか袋ごとくったんじゃねぇだろうな。


「置いてきた」


簡単にそう答えると、神楽は首をかしげた。


「捨てたアルか?」

「捨てたんじゃねーよ。置いてきたの。」

「・・・捨てたとは違うアルか」

「ちげーよ。お子サマはまだわかんなくていーわ。お前は沖田くんとバトってろ。」

「なんでそこでドSが出てくるね」


不満そうに口を尖らせた神楽を見て、少し笑う。
元居たところから1時間ほど歩いた江戸の郊外が、新しい住処。
こことは違って、真撰組が闊歩することも少ない、平和な町。
仕事のときにこっちまで出張ることは少なくないだろうが、今よりはずっと、楽になるんだろう。
新八には今より歩いてもらわなきゃいけないことになるが、別にかまいませんよ、と新八は笑って頷いてくれた。
生意気、と思わなくもないが、俺はそれに救われている。


「・・・」


ふと、神楽が、というより定春が足を止めた。
自然俺も足を止めて、視線を上げる。


向こうから来る、黒い服。
見回りか、タバコが切れたのか、仕事の帰りか。
どれだって同じだ。あいつがいる、それだけが重要なことで。


「・・・」


向こうも俺に気づいて、それからタバコを持ち直すようにして手で顔を隠した。

どうすればいいのかわからないのは、3ヶ月経った今もお互い様なのかもしれない。
久しぶりにみたあいつは相変わらず綺麗な顔をしていて、けれど左手に包帯を巻いていた。

切り傷かなにかだろうか。

自分の知らない傷が増えていくことも、離れるということなんだといまさら実感する。
正直に言えば、寂しい。


どのくらい立ち止まっていたんだろうか。
俺は歩き出す。
広くはない道。
すれ違えば当然、俺の表情もバレルだろうから。
俺はなけなしの男気で、壊れたのかとおもうくらいずっきんずっきんと痛む心臓をごまかした。


少し、笑ってみせる。
あいつの吐いたタバコの煙が頬に当たる。


「またな」


俺の声は震えていなかった。上出来。





あいつがどんな顔したのか、俺は知らない。
振り返れば、せっかくの強がりが台無しだ。
あいつをあの頃に戻しちゃいけない。あんな顔、二度とさせねぇ。


俺の変わりにとでも言うように振り返った神楽が、角を曲がると俺の頭をぽんぽんと撫でてきた。


「―――よくやったアル。やっぱり銀ちゃん、侍アルな」


その言葉に不覚にも、大人気なく泣きそうになった俺は、ごまかすように空を仰ぎ見た。


「―――あー、クソきれいな空だなおい。冬の空ってかんじじゃねぇの」

「今年も雪、降るといいネ。雪だるま作るって、姉御と去年約束したアル!」

「そーか。ガキは元気で結構なこって」


あいつと2人で迎えることができなかった季節。

あいつは誰と過ごすんだろう。

俺は誰と、初雪を見るんだろう。






いつか時が経って俺があの場所に戻ったとき、
いつかのように、酒なんか飲み交わしながら、あいつの話を聞いてみたい。




今はまだ少し強がって、けれど本当に、俺はそんなふうに思った。





高い雲が行く。


俺たちは少し、前に進む。






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ご存知の方も多いでしょうが、
山崎まさよしの「振り向かない」より連想。
どうもあの寂しいけどそれだけじゃない感じを、
土方ではなく銀ちゃんにやらせてみたかった。
・・・・かっこつけようとするあまりなかなか動いてくれなかったけど、うちの銀さん。


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あきゅろす。
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