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短編
女(故人)→←平凡←ヤンデレ

※いじめや自殺といった内容を含みますので注意してください。
このような内容だと認識したうえで、それでも大丈夫と思われる方のお読みください。













俺は昔からイジメられることが多かった。


ムカつくから。という理由だけで殴られたり、ダチだと思っていたやつに手酷い裏切りを受けたり。

そいつは俺の前では調子良いことを言っておきながら、ブログ内では毎回のように俺に対する悪口や不平不満を書き込むようなやつだった。



そんなことが何回か続き、俺はすっかり人間不信に陥っていた。


















そんな俺でも恋をした時期があった。


相手は同じ吹奏楽部の1つ下の後輩だった。




名前は「遙」。遙は美人ではなかったものの、小柄で色白で可愛いかった。

俺がイジメられていることを知っていても普通に話しかけてくれたり、励ましてくれたり。


今考えたら、友人のいない俺の最初で最後の友人でもあった彼女。





そんな彼女はある日突然死んだ。


…自殺だった。






通夜に出席した日、俺は遙の母親に罵声を浴びせられた。


『あんたが…ッ、アンタが家の娘を殺したのよッ!この人殺し!!』


沈痛な面持ちだった彼女の母親は俺を見た瞬間、表情を一転させ悪鬼のような形相で俺に掴みかかってそう言った。


女性とは思えないほどの力を持って。


『アンタが死ねば良かったのよッ!!』

その言葉にショックを受けたりはしなかった。


俺自身そう思ったからだ。


正直俺が死んで遙が生き返るなら俺は今すぐにでも死んださ。


だが俺が死んでも遙は帰ってこない。そんなことはいくら何の取り柄もない俺にでもわかった。


直接にきたのは遙の母親だけだったが、鋭い視線はここに集まった遙をよく知るみんなから向けられている。


みんな同じ気持ちなのだ。

“あの子を返せ。あの子が死んで何故お前なんかがのうのうと生きている。死ね”


安心してください。

そう思ったが、あえてこの場で言う気はなかった。

遙のいないこの世界に未練なんてなかった。


だが、その前に俺にもやることがあった。


遙に嫌がらせをしたりした奴らを血祭りにあげてから、遙を死に追いやった直接の原因である俺を命を自らの手で断つのだ。

『母さん。やめろよ』


そんな半狂乱の遙のお母さんの前に立ちふさがったのは遙の弟君だった。

『姉さんのことはこの人のせいじゃねーだろ。この人だって被害者だ。…本当に許せねーのは姉さんを追い詰めたやつらだろ…!』

そう言った弟君の瞳には俺以外のやつに向けた怒りが燃えていた。


みんなが俺に憎悪の視線を向ける中、ただ一人だけ…



だが、俺は弟君の言うことが正しいとは思えなかった。



確かに遙を殺したのは俺だった。


ただ、虚ろな瞳で漠然とそう思っていたことがこんなかたちで証明されるなんて思いもしなかっただけで…














遙の葬式以降、俺と遙の弟の圭也君は頻繁に会うようになった。


もちろん仲良しごっこをするためではない。
遙を追い詰めた奴らへの復讐の計画を立てるためだ。

俺の尋常ならざる様子から復讐を察した圭也君は始め必死で俺を止めようとしてくれたが、俺の決心が変わらないことを感じて協力を申し出てくれたのだ。
もちろん、最初は断った。遥の大切な弟くんを巻き込むわけにはいかなかったのだ。

しかし、圭也君は引き下がってくれなかった。何度も根気よく俺に協力を申し出てくれた。その時見た涙はとても綺麗だったことを覚えている。姉のために流した涙。それに何より、姉を救えなかったことを心の底から悔やんでいた。俺と同じ気持ちだったのだ。

とうとう俺は圭也君に折れた。
しかし、直接手を下して最後は全責任を取る形で死ぬつもりだった。

遥の大切な弟を俺も大切だと感じはじめていたのだ。本当の弟のように。


圭也君には遙や俺の分まで幸せになって欲しい。
きっと遙もそれを望んでいるだろう。




俺と圭也君の復讐は俺が命を絶つ形で終焉を迎える筈だったんだ。
この時は───────────────────




俺が異変に気づいたのは復讐も大詰めを迎えた時だった。
遙を追い詰めた奴らを徹底的に打ちのめし、後は俺が死ぬだけとなった時、俺は遙が自殺した場所にきていた。

遥と同じ場所で死ぬことだけが俺の最期の望みだったのだ。

復讐には2年の歳月がかかった。
ある奴は気を狂わせ。ある奴は二度と歩けないようにしてやった。俺は証拠を残さないようにない頭を絞り出し、完全犯罪をやってのけたのだ。

最期を迎えるその時まで絶対に捕まるわけにはいかなかったから。



それも、今日で終わりだ。

遺書の用意も万全。この中には、俺の復讐劇の詳細と遙への想いが綴ってある。




俺は、遙と同じように靴を脱いで揃えて置いた。どこかのドラマの中のように自殺した遙のように。唯一つ違うのは俺の靴には遺書が添えられているということだけ…


遙、お前は復讐に取り憑かれていた俺をなじるかもしれないな。お前は優しいやつだったから…泣かれてしまうかもしれない。

俺は頭が悪いから復讐以外に遙に償う方法を見いだせなかったよ。


「話はあの世でじっくり聞くから」

そう言って俺は天を見上げた。
死んでも俺は地獄に行くだろうから会えないことはわかっていたが、罪深い俺でも小さな希望を持つのだけは許されるのではないか。そう思った。


「遙。…今、行くからな」


俺は一歩踏み出そうとした。




「んぐっ!!」

だが、その次の瞬間、俺は何者かに口を布のようなもので塞がれた。

全く気配を感じなかった!?


そう考えたのを最後に、俺の意識は瞬く間に闇に落ちていった。

















靴と遺書、そして冷たい骸が横たわるはずの場所には男がふたりいた。

一人がもう一人を抱くような形で座っている。

閉じられている瞳と、狂気を宿した瞳。

ひとりの男が嗤い出す。


「もう、姉さん、信じられないよ。貴女は最期まで健司さんを俺に渡さないつもりなんだね。相変わらず酷い人だ」

そう言って眠っている男の髪を梳く。そこから下がり、そのまま頬に添えられた手は愛おしそうに何度も行き来を繰り返す。

「姉さんがいけないんだよ?俺の健司さんをとっちゃった姉さんが。大人しく別れてくれないからいけないんだ。
俺としても悲しかったんだよ。姉さんを殺すのは…」

そこまで言って男ー遙の弟である圭也は手を止め、苦しそうに俯いた。

悲壮感すら漂って見える。


だって…。
更に圭也は続けた。

「貴女が死んでからますます健司さんは貴女に心を奪われていったんだもん。俺はそれを一番近くで見なきゃいけなかったんだから…

地獄のようだったよ。何度も貼りつけた笑顔が取れそうになったし」

そう言って苦笑した。


「俺は、最期まで待ったよ。

この俺が健司さんのために辛抱強くね。すごい進歩だと思わない?2年あれば、健司さんも俺のこと好きになってくれるって、姉さんのための死じゃなくて、俺のための生を選んでくれるって、そう信じてたんだ。…信じてたんだよォ…?………」

圭也の手にはいつの間にか健司が用意したはずの遺書が握られていた。

圭也は封筒から取り出した数枚の紙に目を通していく。

最後まで読んだ圭也の口角が少し上がった。

遺書には、最終的には自分が元凶である。といった内容が書かれていた。
そして、復讐は自己満足だが、遙を死に追いやったやつらに謝罪するつもりはないことが明確に書かれていた。

「…ねえ、健司さん。アナタは知らないだろうけど、この紙には訂正箇所がいくつかあるんだよ。まず一つは、健司さんがやったことになってる復讐だけどね。全部、俺がやったんだよ?健司さんは優しいから絶対にできないと思ったから…。」

遺書を脇に置くと、一向に起きる様子のない健司の顔を飽きることなく見続ける。そして手は今度は唇を撫でる。

「健司さんのために、俺が全部やった」

愛おしさがあふれんばかりといった蕩けた表情をした男がそこにはいた。


「そしてもう一つ。…これは、言うつもりなかったんだけどね。よく寝眠っているみたいだし、健司さんが俺の幸せを願う言葉を入れてくれたから特別に教えてあげる。

姉さんは、確かに嫌がらせや、忠告をされてたけど、…あの女がそんなことで堪えるわけないよ。案外強かだからね。
あの邪魔な女を自殺に見せかけて消したのは俺だよ。だって邪魔だったんだ。…俺が先に健司さんを見つけたのに。…俺が最初にアナタを愛したのに。…当たり前のようにアナタに愛されたあの女が、俺はずっと憎かった!!」

吐き出された激情。ずっと笑みを浮かべていた圭也の初めての激昂。健司を愛し、愛されることを夢見ていた少年の哀しい咆哮。

本来なら決して叶うことのなかった未来。
夢を見続けた少年は夢を実現するためにすべてを壊した。


「でも、もう我慢するのはやめだ。

アナタは俺のものだよ健司さん。…一生、離さない…」

弧を描いた唇。
誓いのような口づけ。
抱きしめた腕に籠る熱。

意識のない俺はそのどれも感じることはなかった。





意識を取り戻した俺が圭也から涙ながらに告白され自殺を踏みとどまってから幸せになるまでに数年。



圭也の秘められた狂気を。そして、遙の死の真相を俺が知ったのはそれからさらに20年後のことだった。

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あきゅろす。
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