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妖怪パロ あやかしあやし
陸拾肆 魂返
昔、はるか昔。それでも人間が繁栄していて今とそう変わらない状態のころ。
まだ、妖怪が人間から恐れられていたころのこと。

広い道の真ん中を、長次が歩いていた。
その姿は今より少し小さく、ただ皮膚の露出が全くと言っていいほどなく、掌や指先にいたるまでも黒い呪符で覆われていた。

王宮へと向かうその長くて広い整備された道のほぼ中央を長次は歩く。
その隣、中央を歩く男がいた。

その男を見ると、路脇を歩く人々は深深とお辞儀をする。
彼の衣装は水干で、ひょうひょうとしているように見える。
笑いながら目下の者たちに手を振り笑顔でこたえる男を長次が優しい眼で見ていた。
その瞳は深く優しい大樹の色をしていた。
男はある女から唐菓子を貰い子供のような笑顔で長次の口にそれを押しつける。
彼が口を開くと同時に口内に菓子が頬り込まれ仄かな甘みが広がった。
それから自分の口にもそれを含んでまた笑った。
良く笑うその男は足を止めることはなく、都の中枢に向かっている。
長次ももちろんそこにいる。
向かうのは天皇がおわす場所。
豪華な着物と調度品に身を包む男に笑顔でいた男は跪く。
長次も男と同じようにする。
別に目の前の天皇とやらに敬意を表しているわけではないが、主の前で粗相があったならばそれは自分の罪ではなく主の面汚しとなるからだ。

天皇はいつものように男に未来を聞く。
男は絶えず同じ言葉を繰り返す。
私目などの力で及ぶところではないでしょうが。
そう前置いて長次が昨日視た未来を天皇に詞匠に伝えた。

近々御上の星の光が陰っていると。内からの陰りからかもしれぬし、外からの陰りかも知れぬと。

天皇はそれを自分の身が危険なのだと、自分の命を暗殺者が狙っていると受け取った。
早々に男を下がらせる。このあと子飼いの将らを集めて自己防衛をするのだろう。

男は袂から扇を出し仰ぐ。それから、長次に対してもお疲れ様とねぎらいの言葉を掛けた。
昨日長次が視た天皇の未来は、自らの事をよく思わない逆臣たちに打ち取られるものだ。
そしてそれをされるほど今の天皇は愚者であったのだ。
それを男はあえて天皇に進言をしなかった。
そんな事は常だった。
男は常に天皇が良い解釈ができるように言葉を操る。
一度何故そんな事をするのか、と問えば優しい彼としてはとても以外な言葉が返ってきた。

「そういう事は自分で気がつかなければ意味がないのだよ」
私は既に、何度もその種をまいた。それに気がつかなかったのは彼だ。
彼は愚者なのだから、直接言わなければ分からないのではないのか、と問い詰めたが、男に一蹴された。
今までのさんざんの注言を全て無視してきた人間が直接言われたところで変わらない。
逆にお怒りになって私たちの首が切られるだけさ、と首に手を当てぐえ、と鈍い音を出した。

男と長次は都の外に出ると草むらに身を隠す。
すると、木の裏から美しい緑色の髪をした女性が現れる。
彼女は周りの気配を読んでから煙をだし、次の瞬間には一台の牛車になっていた。
牛車は長次と男を乗せて進んでいく。人々は美しい牛車とそれを引く真白な牛に魅入られていた。

大通りの門を抜けると、そこから先は舗装がされていない道になる。
石が転がり、草が生える。
陽が陰ってきていて月が少し顔を出していた。
人がいない状態で牛は先ほどの女性に姿を変えた。
女性は先ほどの数十倍の速さで道を進んでいく。
今度私の姉のところに子供が生まれるんですよ、と話せるくらいの余裕をもって。
そんな当時の牛車に比べると恐ろしいほど早い車で自らが持つ森の奥深くに佇む屋敷に帰ってくる。
牛車になった女はまたいつでも呼んでくださいね、というと煙と共に消えてしまった。

月の光を浴びて、男の黒髪は青みを帯びていた。
それから廊下に出ると、部屋の奥にいる長次に向かって、頼む、と短く呟いた。
長次は静かに瞳を閉じる。
同時に頬にある傷から目が現れる。
体中に巻かれた呪符が次第にほどけて行く。
そこからも頬と同じような新緑の瞳が現れる。
黒い呪符が施された場所の至る所にその瞳があったのだ。
その瞳がぎょろりと四方を向く。
他人が見たらとても気色が悪い状態だろうが、男は慣れっこだった。
寧ろ、その姿を見ながら己の不甲斐なさに拳を握る。
彼はもともと、力が無い陰陽師であった。
いや、正確には力がなかったわけではない。
彼には、調伏の力ばかりがあって、天皇らに重宝される星読みや歴読みが出来なかったのだ。
唯の化物の退治係であった。
故に妖怪と何度もあっていたし、それゆえに妖怪を理解もしていた。
それから心地よい言葉と屈託のない笑顔に惹かれて何匹もがこの屋敷に入り込んでいる。
その中には、犬神もいたし、白沢もいた。
長次もその一人だった。それから、彼らの力を借りて星読みなどをするようになったのだ。
元々そちらが得意であり、天眼の力を持っていた長次のお陰で天皇贔屓の陰陽師となれたのだ。

本来ならば、こんなことをさせたくはなかった。
長次は自分が望む事はなくてもこの当たりの人の心や、事件など、ありとあらゆるものを読み取ってしまう。
人間の醜い面も良い面も、自分で制御することなく流れ込んできてしまうのだ。
自分の能力を嫌っていた長次に、自分の為だと言い聞かせて能力を使わせた。
其れが合っているか間違っているかなんて二の次だった。
男にとって長次が自分を嫌いなままでいることは耐えがたいことだったからだ。

少し記憶を折り起こしている間に長次の天眼はすこし先の未来を読み取ったようだった。
呪符を解いて現れた瞳たちが全員男の方に向いている。

それから長次はすぐに立ち上がり、男の手をとった。
「逃げましょう。すぐに!」
長次の大声など、久方ぶりに聞いた男は驚愕していた。
そのまま彼に腕を引かれて屋敷をでようとした。

屋敷の周りは既に天皇の軍勢に囲まれていた。
彼らは男に戦争に参加しろと命令をしてきた。
男が持つ力と、長次ら妖怪の力を借りて戦争に勝とうというのだ。
男はゆっくりと首を振った。
「だ、駄目です。俺達なら構いませんから」
彼は先ほど見てしまったのだ。この先の結果を。
「そう、長次は是を視たんだね」
男の言葉に長次は静かに頷いた。
使い魔もこう言っているのだ、早く化物を連れて参列しろ、と兵士たちは槍をこちらに向け脅してくる。
それでも男は首を縦には振らなかった。

「長次は・・・ここにいるもの達は全員私の大事な家族だ。私の家族を化物と罵るものに力は貸せない」

強い眼差しで男は言い切った。
協力を得られないならばと、兵たちは槍を振り上げた。
長次が庇うより早く、彼は男に庇われる。
槍が男の腹を貫いた瞬間、上空を通りかかった犬神とその背中に乗っていた白沢が兵士に向かって突撃をしてくる。

男は腹を槍で刺されながらも、長次にこう言った。

「人を殺してはいけない。これ以上自分を嫌いになっては、いけないよ」

と。そしてそのまま事切れた。
地上に降り立った犬神と白沢も彼の息が絶えるのを確認した。
そしてそのまま黒い毛並みを逆立てた。
低いうなり声をあげて、九本の尾をもたげ白沢も彼らを軽蔑の眼差しで射抜く。

次の瞬間、月が陰った。
一滴の揺らぎも見せない闇の中に兵士たちは陥った。
いくら夜だといえども、仄かな光があるはずだ。
目の前にいた片方は真白い体を持っていたのだから彼の姿ぐらいは認識出来ていたはずなのだが、それも出来ない。
視界が漆黒で埋め尽くされる。
次の瞬間、暗闇から緑色の瞳が現れた。
その数数百。緑色の眼球は皆一様に兵士たちを射抜く。
怒りと憤りの視線を浴びた兵士たちは我先にと自らの背中の方へ逃げかえってゆく。
途中何人もが坂道から転がり落ちていた。

兵士がいなくなると、闇は霧散し、そこには犬神も白沢も長次も男もいた。
長次は、男の体をそっと横たえた。
それから白沢に頼む。
「仙蔵、俺の瞳を全て焼いてくれ」

白沢、仙蔵はその依頼に目を丸くした。
犬神、文次郎もそれに異を唱える。
「何でだよ、長次!そんな急に!」

「魂返をする。俺の今の状態では、この膨大な記憶に主の心がもたない。だからだ」
ミタマカエシ。
名の通りの術である。死んでしまった命のうち、魂だけを除き別の入れ物に入れ生き返らせる術。
あまりの強さと自分自身を贄とするため長次だけが一度だけ使える術。
ただし長次は今までにありとあらゆる記憶を個の身に宿してきた。
その百の瞳で、だ。
中には人間では考えられないような酷い惨事や、人間の醜い心などもたくさんある。
良い記憶などほんの一握りだ。
そんな大量の記憶を数十年しか生きていない人間に与えたら壊れるも当然だ。
しかもこの瞳を焼いてしまわぬかぎり次々と記憶は増えていくのだから。
既に魂返をやることを決めてしまっている長次に仙蔵も文次郎も何も言えなくなった。

「・・・・分かった。やろう」
「仙蔵!」
「魂返をするならばまだ彼の魂が残ってるうちにやらねば意味がない」
「だが!」
「・・・長次、お前の瞳は焼こう。だがその眼球は私が集めて預かっておく」
仙蔵は九つの尾に炎を灯しそう呟いた。

いつかお前がこの力が必要だと感じた時に返す。
お前は自分の力を呪っても嫌ってもいけないのだ。

お前はその天眼の力を含めてこの男に愛されたのだから。

その仙蔵の言葉を心に刻み、長次は静かに瞳を閉じた。

体中が熱い。
瞳が超高温の赤い炎で焼かれていく。
いや、えぐり取られていくようだ。
しかし、長次は痛みをどうにかこらえる。
全ての目が焼かれた、焼け焦げたその両腕で長次は男に術を施した。

力の根源ともいえる瞳を頬の瞳以外をすべてとられている。
頬の瞳は祝詞を唱えるたびに力を失い瞼という名の肉を閉じ、傷へと変わってゆく。
焼かれてただの肉の傷、本来ならば瞼であった部分から血が流れ出す。
この状態の体ではこの技を使うのは難しいのだ。本来ならば魂返はどの術よりも力も使うのだから。
長次は自らの胸に掛っていた勾玉を媒介に必至に氣を集めるが、それでも力が足りず勾玉にひびが入る。
それでも長次は止めようとしなかった。

「天つ国の門前に汝在り。
根の国の門前に汝が器を送り、我が体御神酒にて清め早川の瀬に坐す瀬織津比売神、魂を天津国より大海原へ
荒潮の潮の八百道の八潮道の潮の八百曾に坐す速開都比売神、魂を持ち加加呑み気吹戸に坐す気吹戸主、魂を根の国より気吹放ちてん
根国底国に坐す速佐須良比売神、魂に安寧と豊穣を持ち佐須良比失ひてむ魂を我身に漂わせ降臨させ賜へと申す事の由を
天津神国津神八百萬の神達共に聞し召せと恐み恐み申す」

男の名を中在家と言った。

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あきゅろす。
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