妖怪パロ あやかしあやし 陸拾弐 網切黒狐に諭され自らの宝を差し出す -----の怒気を受け取った者がいた。 「・・・・ハチ?」 火薬壺を運びながら兵助はふと空を見上げた。 既に夕方になっている。傾く日にうっすらと見え始めている星々を目を細めて見上げる。 その星と自分たちとの間には紫陽花が咲いているが、これは妖氣を吸わなければそんなに問題にならない。 とくに力がない人間にはないように見えるだろう。 その膜から向こうを見やる。 以前星詠みができる雷蔵に聞いた自分たちの星。 北を指し示す七つの連星のうちの一つ。 二つで一つの星とされる重ね星。 その光が強くなった気がした。 それと自分の感じた-----の気持ちを重ねると、かなり怒っていることが分かった。 いつも優しく笑っている自分の相方が怒るとは、まさか・・・と以前あった猿を思い出した。 しかし自分は動くことはできなかった。 「久々知先輩!これは何処ですか!?」 「ん?あ、あぁ!それは硝煙庫の奥の棚・・・いや俺が行こう高い位置だからな」 自分が持っている壺も持って急いで後輩の声がした方向に行った。 後輩がここにいる限り、自分が本来の姿をさらけだし八左ヱ門を助けに行く事は出来なかった。 学園に迫る危険を取り除くことももちろんだが、自分たちのいる場所を人間に教えることも出来ないのだ。 人間がこちらをしれば、間違いなく彼らはこちらを侵略するだろう。 彼らの知略にはきっと妖怪は勝てはしない。 彼らの成長を続ける力は畏れるほどだ。 そう思いながら硝煙庫の火薬を整理していく。 「久々知せんぱーい!」 「ん?」 今度は硝煙庫の入り口から声がかかった。 先ほど火薬委員顧問の土井半助先生に連絡をしてもらった三郎次からだった。 一度火薬壺を棚にしまうと一緒にいた後輩に壺中の火薬の整理を頼んで入口に向かう。 「どうした?三郎次・・・あ、喜八郎」 「はい。ちょっと・・・」 喜八郎が不安そうな顔をして、三郎次はけろりとしている。 なんとなくだが喜八郎もこれを感じているのだろう。 自分は八左ヱ門だがきっと彼は仙蔵だろう。 目線だけで回りを確認してから呟く。 「仙蔵さん?」 「・・・はい」 嫌な予感がすると、顔が物語っていた。 三郎次には話が良く見えなかったが、同朋の先輩が心配なのだという事は何となくだがわかった。 「先輩・・・それなら・・」 「いや、三郎次。俺が行ったら五年がいなくなる。それに学園の周りに奴らがいなくなったわけでもないんだ」 今ここの防御をおろそかにするわけにはいかないだろう、と兵助は右手に力を込めた。 今はとにもかくにも、八左ヱ門らを信じて待つしかないのだ。 「・・・」 行かない、と言い切った兵助に三郎次は眉を寄せた。 「だけど・・・もし八左ヱ門がまずくなったら・・・」 その時は何に代えても助けにいく。 そう呟いた。 兵助だって、自分の恋人はもちろん、-----である八左ヱ門を失うわけにはいかない。 「守りたいものを守りぬくために、どこまでだってあがくよ、俺は」 ね、喜八郎?と同意を求めれば、喜八郎はそこに出会った時の兵助の強さを見出して笑った。 「あ、綾部先輩が笑った・・・」 初めて見たのか、三郎次は喜八郎の笑顔に少しだけ頬を赤くして兵助に睨まれた。 「さぶろーじ、硝煙庫の掃除よろしく。その他はあがっていいから」 「え゛、ちょ、先輩!一番大変なやつ!しかも俺今一年ですよ!十歳ですよ!?」 「しらね」 喜八郎の笑顔に好感を持った彼につまらないやつあたりをして、彼は喜八郎の手を取ってかえっていった。 どうやら本気で三郎次にそれをやらせるようだ。 続々と後輩たちが帰って行き、三郎次一人になると、ぼやいた。 「・・・・ふざけてる。まあせめて一人ってのは助かったかも・・・」 そう言って、大きなため息をつくと硝煙庫の扉を閉めた。 夕方なので大分暗くなるが、三郎次の金色に光った瞳には関係がない。 三郎次の緑色の髪の毛は闇色にかわり、両腕が翠色に光る。 腕が魚の鱗、いや海老の背中のような甲殻が現れた腕で火薬壺をひょいひょいと退かしていった。 星が輝き月が出る前に三郎次は掃除を終わらせて硝煙庫からでる。 回りにいる者がいないか一応確認してから井桁模様の服を纏い三郎次が出てきた。 鍵はすでに兵助が持って行ってしまったので、三郎次は自らの指を鍵穴に差し込んだ。 指が鍵穴の中で水となり、鍵の形を形成して鍵をかけてしまう。 そこまで終わってから、近くの木枝に兵助が座っているのを見つけた。 「兵助さんのばーか。俺は喜八郎さんなんか好みじゃないです」 「それはそれでむかつくんだけど」 「じゃあどう、答えろってんだ」 そう言いながら兵助が自分の隣を叩くので、近くの枝をつかみ逆上がりの要領で上にあがり、兵助の隣についた。 「なんです?」 「あぁ・・・三郎次、お前どこまで戦える?」 真剣な氷の瞳に貫かれて、彼の背中に何かが走った。 「水の中ならその辺の中級はもちろん貴方相手でも負ける気はしませんね」 金色の瞳でそう答えると兵助はそうだな、と呟く。 何度も手合わせをしたわけではないが、彼の水中での移動スピードの速さは多分一番だ。 彼が知る範囲で。 だが、それでも心配だった。 この学園がいつ妖怪に襲われるかわかったものではないからだ。 「いつ此処になにがあるか分からない」 「・・・・」 兵助の言葉を三郎次は黙って聞き入れる。 彼もそれは気がついていた。そして見えないが故にどれだけの力を持つか分からない敵にも。 「お前も気をつけてくれ。三郎次だって、俺の大事なものの一つだから」 それだけいうと、黒狐は枝から飛び降り、いつもの紫色の装束を纏って長屋に向かっていた。 一人だけの長屋で彼はただ彼らを信じて待つのであろう。 その背中を見ながら三郎次は自分も枝から下りて自分の長屋に向かった。 部屋に戻ると同室の左近がいた。 彼にお帰りといわれ只今と短く返し、自分が持ってきた荷物をあさった。 「なにして・・・三郎次・・・それ、なんだ?」 左近は三郎次が手にとった石を見た。 それは深い紺色の石で、黒い石にも見えた。 それは三郎次が瀬戸内の海底で見つけた一つの宝石。 磨いて綺麗になるわけではないが、海に生きる命や魂が集まったもの。 海底に積もった死体に宿っていた魂が海底に溜まり、それらが集まりそして石となったもの。 石はすなわち意志であり、意思である。 魂が持っているそれらは強い結束と力を生み出すのだ。 それを三郎次ら海の妖怪はこう呼んだ。 「魁皇石」 力のあるこの石を三郎次は長屋の押入れに鎮座させた。 魁皇石は自ら立ち尖った面を下にして一定の周期をもって押入れの床を叩く。 そのたびに淡い光が波紋となって周囲を覆い始めた。 それは今自分たちがいる一年長屋を覆っている。 「ここで一番よわっちいのは、一年だよな」 そう呟く三郎次に、左近はそりゃぁな、といった。 自分たちのように力のあるものならいいだろうが、それ以外はただの十歳児なのだから。 左近の答えになっとくして三郎次は魁皇石をそのままにすると、布団を出して寝てしまった。 左近は相棒の行動にいまいち納得が出来なかったが、わからないのにこの石を退かしてしまうのも何だと思い、複雑な心持で同じように布団に入った。 [*前へ][次へ#] |