妖怪パロ あやかしあやし 参拾玖 黒狐ら水の道を辿り、網切親離れを決意す。 「この先が城の地下牢に繋がってます」 網切に言われた先には、海しかない。 すぐ近くに城が立っている崖は見えるのだが。 「えーと…?」 八左ヱ門が疑問を口にした。 網切は笑いながら恐ろしい事を言い出した。 「この下に、城の牢から水が流れる所があるんです。そこから逆流します」 「お、泳ぐのっ!?」 八左ヱ門と兵助の言葉が重なった。 どちらかと言えば二人とも水練は不得手の方だ。 何せ獣の時など水に入った事すら数える程だ。 「大丈夫ですよ。泳げなくても、息止めてれば縄で体くくるんで、連れていけます」 網切の笑顔は清々しい。 「二人はちょっと厳しいので、世話になってる人に手伝いを頼みました」 兵庫水軍の舳丸ですと、こわもての海賊を紹介されたが、二人はそれどころではなかった。 「いくら雨を弾く燐粉があるからってさ、水に浸かり過ぎてたら俺、死ぬ気がするんだ……」 かたや、水で窒息してしまう蝶。 「水………水……。重いし苦しいし、……あ、駄目だ無理無理」 かたや雨が大嫌いな火属性妖怪の狐。 今から水の中を逆流すると考えただけで恐ろしくなるらしい。 顔が真っ青だ。 それは面白いくらいに。 網切と舳丸は互いに顔を見合わせた。 「どうする?」 「どうするもこうするも、行き方はこれしかないって。誰よりみよ兄が分かってるじゃないか」 まぁ、確かにと舳丸が頷いてしまったので、網切は早速とばかりに懐から縄を取りだし未だ無理、とか死ぬ、とか言っている二人の腰に巻き付ける。 網切の言葉に反論をするのが面倒になったのか、それとも腹をくくったのか、舳丸もそれを手伝う。 二人が腰の縄に気が付くのは、体中に水がまとわりついた時だった。 冷たい、だとか苦しい、だとかいう文句は既に水の中なので言う事ができない。 二人は仕方なく目を上げて、一面の青に身を預ける事にした。 蝶と狐といえど今は恒温動物の人間の姿。 八左ヱ門は確かに冷え過ぎたら体の動きが鈍くはなるだろうが、心停止まではいかないだろう。 とにもかくにも、この息が続くまでに顔を水面にあげられる事を祈るばかりである。 とりあえず、ぶつかりそうな岩や、絡まる水草を緩慢な動きで避けるのに必死になる。 足をばたつかせたり、手で水を掻いたりせずとも、体はどんどん海の底へ向かって行く。 大きな岩に空いた横穴を通り、前方から水流が押し流されてきても網切と舳丸の泳ぐ速度は変わらない。 時折二人は顔を見合わせて指を動かし、何かを伝えあっているようであったが、八左ヱ門と兵助にはとうてい分からなかった。 それよりも兵助は気になる事があった。 どうやら放っておいてもつく様なので今のうちに思考を巡らせる。 目の前のこの赤毛の男。 舳丸と名乗ったか。 彼は耳を出した自分達を見て驚きもしなかった。 また、網切を見ても何も動じていない。 網切にはどうみても人間とは言いがたい不思議な色合いの鱗を持つ四肢があるにも関わらず、だ。 そして、彼に張れるほどの泳力。 人を一人重石にしても流れる水流を掻い潜り、目的地へ淀みない動作で水中を進んでいく。 まさか、同じ、なのでは。 兵助はそこまで考えてから、即座に思考を停止させる。 水面が見え、前方二人が上に上がっていったからだ。 早くこの水の呪縛から解き放たれたかった。 「ぷはっ!」 顔を水面に出して、近場にある陸に体を上げた。 続いて顔を出した八左ヱ門の腕を取り、二人で石畳の上に体を預けた。 「暫く海はいい……」 「うぇっ…口に水入ったっ…ぺっぺっ」 この後一刻はこうしているのではないだろうかと思うほど動きを見せない二人に網切たちはぼやいた。 「とにかく、俺たちは送り届けましたからねっ!」 「あぁ。ありがとう」 八左ヱ門を腹にのせたまま、右腕だけを上げたのを見てから網切はもう一度水の中に潜った。 舳丸もそれに続く。 重石をなくした二人は水流も手伝って、行きより大分早く元の水域に出る事ができた。 水の中を泳ぐうち、行く先に一つの船。 乗っている人を見て網切は笑みを浮かべる。 それは体つきに見合った少年の顔でもあり、悪戯が大好きな妖怪の顔でもあった。 「疾風兄ぃだ…」 「あぁ、重と網問も乗ってる。潜り漁でもしてるんだろう」 舳丸が答えを言うか言わないかの前に網切の体は水中に潜っていった。 どうやら疾風たちを驚かすつもりなのだろう。 水面からはちょうど鮫の影が見える。 影鰐のふりをするつもりらしい。 舳丸は濡れた前髪を書き上げてから船ぬ上がり此方を向いた重に水面を指差した。 流石に伝達は早く、すぐ疾風にまでそれは伝わった。 彼は手元にある銛を掲げると、影鰐へと突き立てた。 水面にあった影は人の姿を成し、白い泡を浮かばせてから銛に頭巾を貫かれた状態で引き上げられた。 遠くから釣り上げられた網切を見て舳丸もまた船に向かっていった。 「ったくビビらせやがって!」 「みよ兄がバラすから、面白くなくなっちゃったじゃないか!」 陸に上がって水軍館に向かう最中、網切は疾風から大きな拳骨をもらう。 「流石にやりすぎだ」 疾風に海であうたびに彼が苦手なお化けの真似をして驚かせてるのはやりすぎだと舳丸も網切をたしなめる。 「だって妖って悪戯が仕事みたいなもんでしょ?」 「疾風兄はいい的ってことですね〜」 自分には関係ないと笑いながら足を進める重と網問。 そんな中、水軍館から網切を呼ぶ声がした。 「何ですか?」 水軍頭の兵庫第三協栄丸に言われ館の中に入ると、自分が知っている面子が雁首を揃えていた。 みんなが揃った所で第三協栄丸は口を開いた。 網切を忍術学園に通わせる。 声をあらげたのは網切だけで、他は黙っているので既に話はつけてあるのだろう。 「忍術学園にはどうやらお前と同じ妖も通っているようだし、遊び相手がいるだろ?」 「でも、俺には疾風兄とか、重とか、一杯います!」 そこで疾風兄の名前が出てくるのは愛かね、と呟かれたのは敢えて無視をする事にする。 「でも、みんな人間だろ?同じ、友達だって欲しいだろ?」 義丸の言葉は暗に、お前と違うから一緒にいられない、と言うものだった。 「生きてるまでは俺ら一緒にいられるけど、つかいるけどさ。でも俺らが死んじゃった後もずっと生きるんだろ?」 重が網切の肩を叩く。 「ほら僕らもちょくちょく遊びにいくし、ね?」 網問もその反対の肩を叩く。 「……っかっ!何ですか、ここはバカばっかですねっ!」 網切は怒鳴った。 「俺の老後とか考えてどうすんですか!意味ないでしょ?あんたらどうせ死んじゃうんだから!」 その呟きに協栄丸は当然だと答えを返した。 「俺たち家族なんだから当然だろ?」 その言葉に網切の目に涙が溢れた。 「俺はっ……ぉれ、は…あんたらが、妖でも、変わらず接してくれてっ…それだけで良かったのにっ…なんで、なんでっ!」 網切の肩を網問と重の掌越しに鬼蜘蛛丸が悟らせた。 「例えば、闘いで窮地の時、敵の主船を落とせば勝てるとしよう。お前ならどうする?」 「どうするもなにも、俺が出るに決まってます!俺は誰よりも深く潜れるし、鉄をも切り裂くこの腕がある!そんなのとうぜ…」 網切は涙を振り払ってそれに答える。 人にはないこの力を彼は彼を包んでくれた水軍のために使うと決めていた。 自分の口から先程、協栄丸が言った言葉が出てきた時目の前の彼も、左右の二人も笑っていた。 「そう、そんな時、どんなに危険であろうと俺達はお前と舳丸に主船を落としてこいと言うだろう。それが俺たちの当然であたりまえだからだ」 鬼蜘蛛丸の言葉に網切は小さく頷く事しか出来ない。 「お前ならそう言われたら、どうする?」 鬼蜘蛛丸の言葉と笑みに、あぁ答えを迫られているのだと考える。 どんなに危険でも、辛くても。 それが命令でも頼みでも。 全部関係ない。 忍の力はこれから先、水軍には必ず必要になるだろう。 断る理由はないのだ。 いってこいよ、と背中を押されたのだったら……。 「学園に、いきます。立派な忍者になって帰ってきます。それが、俺の、俺なりの当然であたりまえです!」 前を見て、もう振り向きも立ち止まりもしない。 「これでお前が忍として帰ってきてくれりゃあ万々歳だなっ」 そうぼやく蜉蝣に、間切が口を挟む。 「こいつは優秀だから問題ないですよ!とくに悪戯にかけてはね!」 「違いねぇ!」 どっと笑いが溢れる館の中で、網切もまたいつの間にか笑っていた。 「辛くなったら帰ってくりゃいいんだせ!お前なら俺たちの場所ぐらい直ぐにわかるだろ?」と重。 「うんうん!同級生に虐められたら殴りにいってあげるから!」 これは網問。 とくに仲が良い二人に心を押されて、また笑った。 ずっと黙ったままだった舳丸は、珍しく口元を上げると、網切の頭を撫でて呟いた。 「いってこい、三郎次」 「はいっ!」 思えばここで"網切"などと呼ばれた事などない。 此処では彼は"網切"で"妖怪"なのではなく、 "三郎次"で"仲間"で"家族"であるのだ。 こうしてまた一人学園に星が集まる。 [*前へ][次へ#] |