妖怪パロ あやかしあやし 参拾陸 鵺使いに走り、陰神刑部星をよむ。 『その先は言っては駄目だよ』 その言葉を胸で反芻する。 言ったのは、此方側の者で、言われたのは彼方側の人。 自分が言ったわけでもなく、この屋根の下で話していた二人のうち、此方側の者が答えた言葉。 あの人は人で、自分は妖怪。 相交える事など零に等しいのだから。 この気持ちはなんなのだ。 頭の中から消えてくれない、あの人はなんなのだ。 駄目だと抑制する自分と、本能に忠実であれとせがむ自分。 解らない絡みあった心に苛ついた。 伊作が入って来ていいよ、と言うまで作兵衛は膝を抱えて自らと格闘していた。 保健室に降り立った鵺は、キョロキョロと周りを見渡す。 既に留三郎はいない。 「作兵衛?」 薬を用意している伊作の代わりにお茶を淹れてきた三郎がひょっこりと顔をだした。 作兵衛の近くに座ってから、一つ足りないなと指を遠くにある急須と湯飲みに向ける。 制服姿のままでも、三郎の式であるその布はゆるりと主の周りを旋回し、風に乗って急須と湯飲みを持ってきた。 井桁模様に新しいお茶を与え、薬のめどが立った伊作も腰を落ち着ける。 文次郎は眠ったままだが、雷蔵は体を起こしている。 当然布団から出ては来なかったが、あっけらかんとしていた。 「いくら大丈夫だって言っても、無理はするなよ?」 「解ってる。ありがとう三郎」 狸達が言葉を交わした方を一瞥し、伊作はお茶を啜ってから作兵衛に声を掛ける。 「終わったかい?」 「はい。二人に伝えてきてあります」 作兵衛も同様に茶に手を着けた。 「筒状の道具を使って攻撃してくる事、敵に術師がいる可能性が高い事、それから指令を二つ」 それらを兵助たちに追い付いて伝えてから戻って来たのである。 「お二人共大分キレてるかと思ってたんですけど…」 本気を出して走っていたので、追い付くのに時間が掛かった事、そして指令つまりは命令を聞いたとたんに冷静になった事を話した。 「あいつら、ってか八の方か。あいつが周りを見失う事なんて殆んどないよ」 三郎は自らの周りをたゆたう、布の式にちょっかいを出しながら呟いた。 八左ヱ門の沸点は高い。兵助と比べると倍ぐらいあるのではないだろうか。 多分今回の事だって、兵助は純粋に雷蔵、三郎を傷つけた事に対して怒っているのだろうが、八左ヱ門は違う。 彼は確かに怒ってはいる。 雷蔵と三郎、そして文次郎と三木ヱ門を無遠慮に攻撃した事に対して怒っているのだ。 それだけ、あの蝶は優しくて、冷静だ。 冷静には見られないが、彼ら四人の中で最も人の気配と心を読むに長けているのは確かだ。 「へぇ……じゃあ、なんで作戦を兵助さんが何時も決めてるんです?」 「兵助は兵法に強いからだよ。八は個々の本質を見抜く事が出来る。そしてそれを生かすのが兵助だからさ」 「そう。私たち三人が情報っていう素材を持って来たなら、それを組み立てるのが兵助の仕事だからな」 ふふ、と狸は向かいあって笑う。 それは信頼から生まれる笑みなのであろうと作兵衛と伊作は確信していた。 「にしても、気になるのはその短筒だよね」 伊作が話題をすり替える。 選ばれたのは、先程雷蔵たちが喰らった技の事だ。 「はい。僕たちもびっくりしたんです。持ってる人間には全く力を感じなかったのに、短筒からは確かに光術が放たれてました」 雷蔵はそう答える。 伊作も、それならば他の人間でも其を使える可能性があると示唆した。 「つまりは、火縄みたいなものだろう?元々光術の弾を詰めておいて引き金を引くと術が発動する」 「そうなると、厄介ではねぇですか?」 あぁ厄介だ、と答えられたので作兵衛は不安になるが、四刻前に二人にその類の指令を伝えてあるので、二人を待つしかないだろうという結論に終わった。 「………うん、そうだよね」 「雷蔵?」 空を一瞥する雷蔵に三郎と伊作が首を傾げた。 「星の位置が……」 「凶星なんて出てたか?」 「ううん、出てはないんだけど……何だか変っていうか、この並びに違和感を感じるんだ。気持ち悪い」 作兵衛と伊作は雷蔵がこうもはっきりと物を話すのを初めてみた気がした。 彼は迷い癖があって、言いたい事も躊躇ってしまう事が多かったから。 「気のせいじゃないの?」 伊作の言葉に作兵衛も頷いた。 三郎は違うと断言した。 「雷蔵の勘は外れないんです」 日頃から迷っている雷蔵が迷わずに話せる事があるならば、それはいつも、大体正しい。 「やっぱり、変だな。何かが起こる……その前触れ」 何か嫌な予感がするんだ。 雷蔵はそういった後に大きく咳き込んだ。 「雷蔵、無理するな。横になった方がいい」 「ごほっ……あり、がと」 三郎が雷蔵と手を繋ぎ、ゆっくりと背を布団に預けさせた。 「そうだよ。高等火属性の光術の直撃を受けたんだ。君は鉢谷がいるからどうにか回復できてるように見えるけど、本当は重病人なんだよ?大人しく寝る!」 後に保健室を乗っとる彼はその片鱗を既に見せていた。 「それとも、田村を守るとかほざいて睡眠不足で隈つくった上に鍛練しまくってるギンギンみたいに薬でぐっすり逝っとく?」 「おやすみなさい」 伊作の言葉に雷蔵は急いで空いた片手で布団を被った。 片手は三郎と繋いだままだ。 同時に妖怪になった二人にはこうやって肌を触れあわせ気をお互いに回す事が出来るのだ。 三郎と雷蔵とでしか出来ない回復術とでも言おうか。 其をしながら雷蔵は伊作の顔を見ないように瞳を閉じて来ない睡魔を待ちわびたのである。 「と、ところで善法寺先輩。潮江先輩に何を?」 「大丈夫だよ。ちょっと盛っただけだから。後一日ぐらいは起きないから」 何をだー!てか起こさないで、じゃなく起きないって断言しちゃったよこの人! という作兵衛の叫びが心の中で反響していた。 [*前へ][次へ#] |