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妖怪パロ あやかしあやし
参拾参 人間、彼を見抜き 白沢、月兎の心を読む。

「伊作、今一年が走ってったけど……」

数馬と入れ違いに入ってくるのは、腕を押さえた留三郎だった。

「大丈夫だよ。それよりも留さん、どうしたの?」
伊作はなるだけ普通の顔をしてうけこたえる。


留三郎の時間が止まる。


紫の装束を纏う伊作の後ろ。
そこにもう一人、人が立っている。
制服の紫よりずっと深い闇の紫水色。


なんとなく。
ただなんとなくだが、その紫水の狩衣を纏う人は、自分と違うのだと感じていた。

そしてそれが伊作本人であることも。


瞬間的に脳裏に突きつけられた映像を、留三郎は動かせる方の腕をつかって目をこする事により夢か現かを判断しようとした。

「いさ、く…?」
「ん?」

目の前には微笑む同室者。


悲しい目をした闇はもう、見えなかった。









風が、紫の髪を撫で上げる。


上がった息のままで、数馬はその高台にたった。


学園からどれだけ離れたのだろうか。
つい、妖力を使って遠くまで来てしまった。

かといって、このまま帰る気にもなれず数馬はそこに寝転がった。


視界には一面むかつく程の青が見えるはずだった。



「………」
数馬の視界には黒い流れる髪があった。
狐に摘ままれるような顔をしたその人は黙ったまま数馬を見下ろして笑う。
「…………」


「えっと…」
「四年い組、立花仙蔵だ。一年は組、保険委員の三反田数馬」

仙蔵は新しい玩具を見つけたとばかりに数馬の横に座る。


力を使った数馬は勿論紫がかった頭から、白い長い耳が出ている。
仙蔵には当然、狐のような金色の耳と、同じ色の第三の瞳が額に鎮座している。
風に仙蔵の黒い髪と、それを結っている赤い平帯がなびいた。

呆気に取られて、伊作に対する怒りが拡散してしまった数馬はまばたきの回数を増やして、隣に座る仙蔵を見ることしか出来なかった。


「どうした。青ざめた顔をして。人を殺せとでも言われたか」
狐の言葉とは得てして妙だ。
数馬が言われた通りの言葉ではなかったのだが、そう言われたかのように錯覚してしまう。


狐は狸と共に、全てを拐かす存在。
狐相手に些細な違いをそのままにしておけば、そこに漬け込まれると教わってきたのだ。


しかし初めてあった相手に其処までするのも、なんだかと思い数馬はそのまま黙っていた。


「人を救いたいのに、何故人を殺す術を学ばなければならないのだろう」

数馬の心の内を話したのは数馬ではない。仙蔵だ。

「な、んでそれ……」
「何故知っているか、か?聞いたからだ。伊作に」

数馬は思いがけない単語を聞いた。
伊作、だと?

先程自分に、問いかけた人が何故自分と同じ思いをするのだろう。


「三年前、伊作はお前と同じように保健委員に入り同じように人を治したいと願っていた」

「………」


「当時一年だった伊作もな、同じ事を言われたんだよ。人を殺す術を知れ、とな」
「だったら何でですか!」
数馬は吠えた。
整理しようとしても、理性と真実と思いと現実が入り交じって整理ができない。


「なんで、僕と同じ気持ちを持ってたのに、同じように酷い事をいうんですか!」

「それが真実であり現実だからだ」
「!」

数馬は目を見開いた。
そんな現実なら、変えてしまいたい。
人を助ける為に人を殺さなければならないなんて、本末転倒ではないか。

他の何かの命を犠牲にして助けた命など、意味がないではないか。


彼等はその犠牲すら助けたいと思っているのだから。


「全てを助ける、か。悪くない」
仙蔵からは甘ったれるなと否定されるのだろうと思っていたので、正直な心を顔に出せば、はは、と笑われた。


仙蔵は手元を返し、扇子を出現させる。
何もない所から現れたそれを広げれば、骨は緋色、紙は夕日の橙だ。その扇は仙蔵を二、三回仰ぐ役割を果たす。
その後空に投げ出されてから刃の形を成す。


「数馬、問おう。生きる為には何処に刃を刺せばいい?」
「え、と。刺さないように避ける?」

一番普通の答えを出した数馬は仙蔵に、何処かに必ず刺さねばならぬ、避けられないとすれば?と問いかけを増やした。


「………足か、腕か……。ここ以外」

そう自分の胸を指して答えたら、仙蔵は笑みを深くした。

「その通り。人は、心の臓を貫かれたら死ぬ。血が流れ過ぎても死ぬ。病で死ぬ。他にもまだまだ人の急所とは多い」

また黙ってしまい、仙蔵の言う言葉の真意を探ろうと頭を回転させている数馬を見ながら仙蔵は言葉を休めない。

「人の急所を確実に仕留め、迅速かつ正確に人を殺めるのが暗殺だ。なれば、その逆はなんだ」

仙蔵の言葉はそこで途切れ、その後の答えを数馬は直ぐに導き出せた。


人の急所を正確かつ確実に仕留める、の反対は。
つまり

人の急所を正確かつ確実に外す事を。

人の死を確実に外す事ができれば、死なない。
死なないのならば、それは生を意味する。


数馬は目を輝かせる。
それは、キツい言葉を投げた伊作への絶望ではなく、彼に対する尊敬と畏敬で彩られていた。

「人を生かしたいのなら、人を殺める方法を知りなさい」

仙蔵が同じ言葉をつむいだが、今の数馬には其を理解できる。

「はいっ!」

白い耳が揺れた。











薬だって大量投与したら死んでしまう。

手術だって一本、一寸間違えたら死んでしまう。

何処までならば人は死なないのか。
何をすれば人は死んでしまうのか。


生と死は何時でもとなりあわせ。
どちらかを見ないようにするなんて無理なんだ。


だから、人を殺す術を覚えなさい。

君が殺す術を覚えた分だけ、君は生かす術を覚えるのだから。

ほら、ね。
怖がらなかったら、君の手はこんなにも命を救えるんだ。

死を恐れたら生をも遠ざけてしまう。
君のこの手は、死を恐れない勇気の手。
人を癒す、誰よりも強い手だ。

だから、負けるな。


君は君の信じた道を進めばいい。
君は誰よりも強い子だって、誰よりも私が知ってるよ。


頑張れ、伊作。

いつか私が死にそうになったら、伊作がこの手で私を治してね。


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あきゅろす。
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