妖怪パロ あやかしあやし とおとよっつめ* 冷たい冷気を感じ取って藤内と数馬は急いで廊下を走る。 目指すは四年長屋。 なんだなんだ?と叫ぶ四年生の間をするりと抜ける。 左門が力を使っている。 その妖気の力は近くにいた藤内と数馬にはっきりと伝わった。 同時に他の三人にも伝わっているだろうが、たぶん自分たち二人が動いていることも分かっているはずだ。 左門を任された二人は辺りに誰もいない部屋から噴き出す妖気に息をのんだ。 辺りに誰も居ないのは爺の、学園長の力である。 彼の力が自動で氣に反応して姿を視えなくさせている。 「左門!どうしたの!?」 一瞬たじろぐ藤内に数馬が襖を開けた。 そして彼は布団に横たわっている三木ヱ門の様子にいち早く気がついた。 そして彼に氣を送り続けている左門の頬を殴り倒した。 「いっ!」 「か、数馬っ!?左門、大丈夫か?」 いてて、と壁にぶち当たって左門は初めてそこに数馬と藤内がいることに気がついた。 「藤内、三之助呼んできて」 「へ?」 「早く!」 「あ、あぁ」 切羽つまった数馬の声に藤内は三之助を探しに三木ヱ門の部屋を駆け出ていった。 一体なんなのか全く状況を理解できぬままに。 「かず・・・ま?」 三木ヱ門の体を診断していた数馬は近付いてきた左門に一つげんこつを見舞った。 数馬は怪力なので非常に痛い。 涙目になりながらも、左門は数馬になんでだと聞いた。 「左門の馬鹿。人の鬼撃病はそうそう治せないんだよ」 「?なんで?私たちと同じ治療方法じゃダメなのか?」 その言葉に数馬はぽつりと吐き捨てるように言った。 「人間の体じゃ・・・耐えられない」 数馬はそういうと、左門の掌を三木ヱ門の頬に当てさせる。 その頬は人間としてはありえないほどの体温であった。 「左門、鬼を出すために力を先輩の中に送り続けてたでしょう?その結果がこれ」 「・・・冷たい・・・」 僕たちは人間とは違う。 一歩間違えば僕たちの力は人を簡単に殺せてしまう。 そういって数馬は三木ヱ門の箪笥棚から布団を引き出して被せる。 「私・・・先輩に何もしてあげられないのかな」 自分の惨めさに歯を食いしばる。 人間以上の力をもちながら、人間一人助けてあげられない。 自分はなんて無力なんだろう。 自分が親しく思っている先輩の一人救ってあげられないとは。 顔を伏せる左門に数馬は大丈夫だと笑った。 「ものには得手不得手があるってもんなの」 「呼んできた!」 背中の扉が開いたかと思えば、そこには三之助の上着を引っ張った藤内の姿。 こういう藤内の姿は良くみている。 多分三之助と一緒に来る予定だったのに彼があっちにこっちにとふらふらするので藤内が引きずってきたのだろう。 ”何時もの事”なので数馬は早速三之助に火を出すように指示する。 「は?ん、まあいいけど」 三之助は両手を握り拳に変えてそこに自らの橙色をした炎をともす。 火達磨と化した両手を見て月兎はどこからともなく出した獲物の杵で頭をたたいた。 「長屋が燃えるわ」 「どうしてろ組はこう、極端なの。左門といい三之助といい作ちゃんといいさぁ・・・」 指二本分。それ以上は出すなと言って三之助の火を三木ヱ門に近づけさせる。 左門の水は既に三木ヱ門の体にしみわたっている。 その冷たさを温めるには通常、あちら側、つまりは人間の作る炎では威力が足りない。 三之助は三木ヱ門の冷えた体を温めるために呼ばれた人間湯たんぽといったところだ。 「で、どうするんだ?」 「どうするって、鬼撃病だろ?祝詞で鬼を追い出すから」 あっさりと言い放った藤内に左門は拍子抜けして目を瞬かせた。 「俺の力は神の力に近い。人間に与える害も少なくて済むからね」 何のために血を絶って禊を繰り返してると思ってるの。 藤内はそう呟くと、懐から紐を取り出す。 結わえられた六つの鈴が、しゃらんと清廉な音を響かせた。 「高天原に神留座す。神魯伎神魯美の詔以て。 皇御祖神伊邪那岐大神。筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に御禊祓へ給ひし時に生座る祓戸の大神達」 綺麗な鈴の音は清浄なる氣を出して中にいる邪を死へと至らしめる。 「ぐ、あぁああ゛あ゛っ」 三木ヱ門のいつもの声とは違う声が彼の口から響く。 そして顎が外れるほどに大きく開かれた口から手が伸びた。 青くなった唇に茶褐色の細い指がかかる。 唾液にまみれた白い毛髪。見開かれた瞳。 細く骨だけといってもいいような体。 藤内の祝詞が効いているようだった。 だが、彼は祝詞の声を緩めない。 彼らに、今の彼らに人としての情を求めてはいけないのだから。 「諸々の枉事罪穢れを拂ひ賜へ清め賜へと申す事の由を天津神国津神。八百萬の神達共に聞食せと恐み恐み申す」 完全に三木ヱ門から離脱を図ろうとする鬼。 腹を抜きだし、足を顎にかけて体を抜く。 そして踵から延びる透明な黒い妖氣を無理やり断ち切ろうとする。 「お前、術師につかわれてるだろう」 だから術師の命令に背けない、と藤内は黒い妖氣を引っ張る。 逃げようとしていた鬼の踵は上に勢いよく上がり、見事に床と抱き合う形となる。 鬼の踵と三木ヱ門の体とを繋げていたこの黒い妖氣は術の一つである。 術師と式神とをつなぐ鎖。 こんなどす黒い鎖よりもっと強くて美しい鎖を彼らは知っているのだけれど。 「な、なんデモ話す!だから!」 「ごめん、興味ないや」 逃げられないと悟った鬼は醜いやつれた顎をカクカクと動かして叫んだ。 こんな醜い姿でも生きていたいと望むものらしい。 いや、醜いからこそ、足りていない何かがあるからこそ生きるものなのかもしれないが。 数馬の言葉に鬼は絶句した。 自分は確かに命の危機に瀕している。 だがしかし、先ほどの危機感のない本当に興味のないような声はなんなのだ。 そうかこいつらはこの人間がどうなろうと知ったこっちゃないのだ。 人間が死んでも自分たちに害をなさないようなら構わないのだ。 何故か鎖はもうない。 ちぎれてしまったようだ。足も自由に動く。 自分たち以外を簡単に切り離す彼らを恐ろしいと考えながら、いそいそと逃げ出す。 この人間が死んでも構わないと思っているなら、鬼を出したりするはずがないのに。 目の前にあるはずの庭がじょじょに上にあがっていく。 おかしい、そんな筈はない。 一生懸命前に進んでも、出口になるはずの扉は遠く空に上がっていく。 鬼はもがいた。 足を動かしても手を動かしても、先に進めない。 徐々に体が沈んでいく。 沈んでいく感覚に気がついた時、自分の周りにある冷たいものに気がついた。 視界の下から静かにせりあがってくるのは水。 深い絶望の蒼色をしたその水が自分の足をつかみ、体にまとわりつき下に下にと連れていく。 「た、助けテ・・・」 自分にまとわりつく水を必死にかいて岸に上がろうとする。 床の一部にある黒い滲みに首から下を埋めて、両手を必死にこちらに向けている姿は滑稽だ。 先ほどまで、自分が三木ヱ門を同じように助けてと言わせるほど苦しめていたくせに。 「俺らがお前の話に興味がないのは二つ」 今まで黙っていた三之助が呟いた。 その視線は鬼を見ようともしない。 冥土の土産にと本当にただの独りごとのように呟いた。 「一つ、お前らの頭に想像がついてっから」 視線は未だ揺るがない。指に炎をともしてそのままだ。 三木ヱ門の顔が少し赤身を帯びてきたのをみて数馬が静かに言った。 「二つ、お前らが誰であろうと僕らが守るものに変わりはないから」 お前らがどんなに強大な敵であろうと、自分たちのやるべきことは変わらない。 そしてやりたい事も揺るがない。 正義とは、勝ったものが正義ではない。生き残った者が正義でもない。 自らが掲げた信念を貫き続けたものが正義なのだ。 「それにお前の話を聞いているひまもなさそうだしね」 少しだけ敵の話に興味があったのだろう。 藤内は少し残念そうだ。そしてそれは鬼の寿命の短さをも表していた。 あぁ可哀そうに。鬼は竜の逆鱗に触れてしまったのだ。 「たす・・・」 言い終る前に鬼の頭がひしゃげた。 船の櫂が刺さったのだった。 頭骸骨を歪にされた鬼は掌をびちゃびちゃと動かす。 まるで陸にあげられた魚のように。 頭が垂直に折れ曲がり黒い歪みに沈んでいく。 櫂は容赦なく鬼の頭を黒に沈めた。 細い皮と骨だけの指がそれでも最後まであがくように円を描くように空を切る。 それを見下ろしながら左門は言い放った。 「悪いけど私の両手はもう一杯だ」 朧車の定員は既に一杯だ。 「左門、私”たち”な」 「そうだった悪い!」 [*前へ][次へ#] |