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妖怪パロ あやかしあやし
よっつめ

「文次郎くんが信じるものを君は信じられないの?」

正直開いた口がふさがらなかった。
何を言っているんだろうか。この女は。

三木ヱ門は文次郎がいないことをいい事に、天女へと苦言を呈していた。
文次郎は天女にほだされている。
彼はこの目の前の彼女を好いている。

だから、文次郎には内緒にして、天女に直接言ったのだ。

貴方は本当にくのいちではないのかと。
文次郎さんの事を本当に大事に思っているのかどうか、と。

帰ってきたのは文頭の言葉だ。

その名前を使うなんて卑怯だ。
何も話せなくなるじゃないか。

三木ヱ門は唇を噛みしめた。

彼が唇をかみしめている間に、天女は踵を返す。
そこから現れたのは文次郎で、彼は笑って天女の言葉に従う。
まるで、使えるべき姫と護衛。

まるで彼女の道具のように扱われるように三木ヱ門には見えた。
しかし、それはそれでいいのかもしれない。

そう忍者は人の形をした暗器。いわば道具。
その命すら使って忍務を全うする事が使命。

そしてそれが宿命。

それを考えるたびに三木ヱ門の喉から嫌なものがこみ上げてくる。

文次郎をそんな目には逢わせたくない。
それは既に先輩後輩の情愛を越えた感情だった。
ただ、それに三木ヱ門も文次郎も気づいていなかったが。

三木ヱ門は文次郎を愛するが故に、ひどい目には逢ってほしくなかった。

それは嫉妬と呼ぶのかもしれない。
だが、三木ヱ門は考えていた。

文次郎が幸せである事が一番ではないかと。
文次郎が彼女を望むのならば、それを自分は否定はできない。
彼がそれを望むなら、と黙っていた。

しかし、天女はどう見ても文次郎に気があるように見えなかった。

彼ばかりが馬鹿みたいに彼女を崇め奉り、彼女についている。


僕の方が貴方を思っているのに。


叫ぶ心の声に三木ヱ門は聞こえないふりをする。
それは聞こえてはいけないのだ。
自分は文次郎の助けになりたいのだ。
決して重荷になるわけにはいかないのだ。

心を騙して、彼の横にいる明日と明後日を考えて。
心に蓋して、彼の横にいる天女の事を感じて。

そして吐き気を催す。

いつからだっけ?

誰もいない校舎の裏側で、人差し指と中指を自分の口にいれる。
食堂にひゅるっと乾いた風が入ってくる。
出てくるものは透明な液体。
それでも、胃の中に変なものが入っているような気がして、なにも出てこない胃をひっくり返す。

出しても出しても、まだ咽かえり、ひたすら胃液を出し続ける。
こうやって息を詰まらせている時だけは何も考えなくてすんだ。

苦しい、苦しい。いきたい。

頭の中が真白になって、文次郎のことも天女の事も消えてくれる。
確かに胃液を出すことはとても苦しいことだったし、せき込むのもしんどい。
でも、止まってはくれなかった。

自らの出した胃液の異臭にまた吐き気を催す。

どうにか吐き出した自らが作った胃液の水たまりから離れて一息ついた。
胃がひっくり返ってまだ動いている。
気持ち悪い。
自分の体が気持ち悪い。
本当はまだ胃の中にさっき食べた夕飯がある。
でも、それは出してはいけない。

せっかくおばちゃんが作ってくれたものだし、栄養をとらなければ自分は更に死に近づいてしまう。

何よりも、あんな気持ち悪い吐瀉物が口から出てくると思うだけで嫌になる。
だから酸っぱい匂いがしたものが食道を昇ってくるたびに無理やり胃の中に引っ込める。

そして競り上がった吐瀉物の匂いで再び嘔吐。

「大丈夫、大丈夫」

胃液を手の甲でどうにか拭って、肩で息をしながらどうにか立ちあがった。
まだ自分は生きている。
生きている限り、あの人と天女を見なければならないという苦痛が彼をさいなむ。
そして、生きている限りあの人を見ていられるという想いが彼を蝕む。

「大丈夫じゃ、ないでしょ・・・」
「さもん・・・?」
三木ヱ門は後輩の姿にはっとなり、自らの姿勢を正そうとする。

その姿に左門はいつも大きく開いている口を噤んで下唇をかんだ。
怪我もしていないのに、痛そうな顔をして。

「・・・どっか怪我でもしたのか?凄い顔だぞ?」
まあ三年生だから仕方がないな、また迷子か?と必死に笑顔を繕う三木ヱ門に左門は眉をひそめる。

「大丈夫じゃないのはアンタでしょう!?」

怒鳴った左門は三木ヱ門に駆け寄ると胃液がついた手の甲に触れる。
三木ヱ門はそれに気が付き手を引くが、左門の速さには勝てなかった。
それから彼の掌が三木ヱ門の手の甲を着物袖をつかんで拭う。

まるで、そこから綺麗に洗い流されているような気分になった。

「なにいってるんだ?ダイジョウブに決まっているだろう?」

それから、三年長屋にいくんだろう、と先立って歩いていく三木ヱ門。
それは確かにいつもの三木ヱ門で。
しかしながら。

「じゃあ、じゃあなんでっ!なんでそんな辛そうにするんです!?」
「・・・・・・・・」
左門の言葉に三木ヱ門はゆっくりと、話す。
吐瀉しすぎたせいか、少々声が枯れている。


「天女の言葉ごときで、こんなに心乱されている、僕が悪いのさ」



先輩、それは。それは大丈夫とはいいませんよ。


彼らは忍者であるまえに、その卵。
そしてその前に、「人間」なのだから。

普段の左門であるならば、このような腐ってしまった人間など放っておくのだが。
この先輩は左門が放っておけるほど他人ではなかった。

長屋に案内する三木ヱ門の背中をみながら、左門は久方ぶりに怒りを覚えていた。


「ただいま。うぅ、作の言ってた事が分かった気がする」
「おかえり。そっちもって事は、田村もか」
「孫兵、先輩忘れてる。おかえり左門、お前も乗るわけな」



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あきゅろす。
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