【北】Goodbye, my sweet world.
「で、できた……」
部屋中にずらりと並べられた、転送忍術の術式。ノート1冊を丸々使い切ったところで、ようやく完全した。
あとはこの中心に立って、チャクラを練って印を結べばいい。転送忍術が発動すれば、私はこの術式の対になる術式の場所――つまり大変不本意ではあるけれど、大蛇丸さんのアジト――に転送されるというわけだ。
まあ、たとえ大蛇丸さんの所だろうと、このまま二度とあの世界に行けなくなるよりマシだし。
それに、大蛇丸さんは短期間でアジトをあちこち移動してるから、もうあのアジトにはいないかもしれないし。
あんまり不安要素ばっかりピックアップしても、結局やってみないことには何にも分からないし。出来るだけ前向きに考えよう。うんうん。
窓の外を見る。月はもう、ほとんど昇りきっているみたいだ。人魂ちゃんが急かしてくる。
「うん、分かってます。もう行きますよ。……でも、その前に」
見慣れた部屋をぐるりと見回した。こんなに急ぐ羽目になるとは思わなかったな。もっとやっておきたいことはたくさんあった。
最終巻までしっかり読んでから行きたかった。65巻まででも、せめてもっとちゃんと読み込んで、ストーリーを頭に入れておきたかった。向こうにあったら便利なものを考えて、持って行く準備とかもしておきたかったのに。
でも、もう時間がない。この世界を……この家を去る前に、最低限やっておかなきゃいけないことだけを、手短に済ませなければ。
階下に降りる。晩御飯の良い匂いが、親しみ慣れた生活音と共にふわりと漂ってくる。
「お母さん」
呼びかけると、台所に立っていたお母さんが振り向いた。
「お腹すいた?ご飯、もう少しで出来るから待っててね」
お母さんが笑う。今、私の視界の中には、私が愛すべきものがほとんど全て詰まっている。
「お母さん、あのね」
私は、これら全てを振り切って、
「ごめんなさい」
……行かなければならない。
私がこれから飛び込もうとしているところは、まさしく戦地だ。生き残れるかなんて分からない。
きっともう、ここには戻って来られない。
だから、今度はちゃんとお別れを言ってから行こうと決めた。
「お母さんごめん、私、行かなきゃ」
それから私は手短に、ホントに手短に事情を説明した。
NARUTOの世界ってのは一応伏せて、こことは違う異世界に行って、色んなことに巻き込まれてたことを、さっくり話す。
自分で話してても、荒唐無稽な話だと思う。だけどお母さんは、最後まで口を挟まずに聞いてくれた。
「……というわけでデスね、大切な人たちを残したまま帰って来ちゃったから、助けにいかないといけないんです」
「それは、どうしても名前が行かなくちゃいけないことなの?」
「うん。私じゃなくちゃ駄目だし、それに……行かなきゃじゃなくて、行きたいんです」
そう。私は自らの意志で、あの世界に戻ることを選択する。
放っといたって、全然構わないんだ。元々死ぬ運命の人たち。それをそのままにしといたからって、誰が困るわけでもない。
むしろ私が介入した方が、物語的には台無しになるんだよな。
だからこれは、本当にただの、私のわがまま。
「ごめんお母さん。すごく親不孝なことしてるって分かってます。死んじゃうかも知れない。もう二度と会えないかも知れない。っていうか、その可能性の方が高い。それでも私は……行きます」
それだけ言い切って、私はそろりと顔を上げ、お母さんの方を見た。
てっきり、泣いてるか怒ってるか、その両方かと思ってたんだけど……お母さんは、少しだけ微笑んでいた。
「……そう。じゃ、行ってきなさい」
「え、良いの?」
「良いも何も、止めたってあんた行くでしょ」
「まあ、行きますけど」
「昔っから、変な所で頑固だもんね」
さすが、よく分かっていらっしゃる。と軽口を叩こうとしたところを、真正面から抱きしめられる。
そうすると、どうしようもなく温かくって、つい涙が込み上げてくる。
でも我慢だ。ここで泣いてしまったら、きっと私の中に迷いが生まれてしまうから。
「でもね名前、約束して。死んじゃうかも知れないじゃないの。死なないように頑張りなさい。生きて、大切な人を助けて、一緒に幸せになりなさい。いい?」
「何それ。欲張りだなー」
「あんたそもそもがめついんだから。いっそ、とことんがめつくなった方が良いでしょ」
「あはは、分かった。そうする」
涙声で笑うと、私を抱きしめる腕にまた力が入った。
「あと、もうひとつ。自分のことばっかりだったあんたが、そんなに大好きになったその素敵な人たちを、お母さんとお父さんに紹介しに来て頂戴ね。……どんなに遅くなっても構わないから」
あー……何人か、ちょっとこれは親には会わせられないなーって人はいるけども。
まあ、比較的まともなメンバーを選出すれば、可能……かな?
「分かった。約束します」
それからは、もう何も言わずに、私は子供みたいにお母さんに抱きしめられていた。
……ああ、でも、もう時間だ。
離れがたいぬくもりを突き放して、私は精一杯笑う。
「お母さん、ありがとう。私、この家に生まれて良かった。ホントですよ」
「うん。私も、あんたが私の娘で良かった」
言いたいことは言えた。聞きたい言葉も聞けた。これでもう、私がこの世界でやれることは、全部終わり。
私は後ろを振り向かず、一目散に自分の部屋に戻った。転送忍術の術式が、部屋一面に広がっている。
「お待たせしました。行きましょう!」
私が言うと、青い人魂ちゃんは、ちらちらとまたたいた。
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