繋がれたほだし
人生の全てを懸けても、守れるものは余りに少ない。
守りたいものを守るために広げた手のひらから、こぼれ落ちていくものにまで目を向ける余裕はない筈だった。
名前――あの少女は、まだ自分の手のひらの内側にいるだろうか?
イタチは考える。
未来に起こる出来事が分かるという特性だけでも、名前は特筆すべき存在だった。そこに加えて、時空間忍術にまで関係してくるとは……予想外だった。
……何が予想外だった?
(名前がここまで重要な存在になることが?)
――では、仮に名前が大した重要性を持たない人物だった場合、自分はあの少女をどこまで関わらせていただろう。
暁はいずれ破滅する。いや、しなければならない。
イタチの守るべきもののために、暁という組織は存続してはならないのだ。もちろん、自分も含めて。
そして恐らく、名前はそれを知っている。
ふてぶてしさと図々しさと逞しさをこねて固めたようなあの少女が、時折見せた表情。
暁の誰かと話している時、ふとした瞬間に名前の目元に浮かんでいた憂い……寂しさをこらえるような色。
あれは、未来の死を垣間見てしまった時の顔だったのだろう。
――名前を、どこまで付き合わせるつもりだ?
心のどこかで声がする。為すべきことを為せと囁く声が、耳元でイタチを責める。
――あの子に地獄を見せるつもりか?
長く暗い廊下の途中で、イタチは立ち止まった。
まだ守ってやれる。だが、この先は分からない。
廊下の先は、徐々に濃くなる闇に塗り潰されている。どこかで壁か天井が崩落したのだろう、低い振動が空気を震わせる。
その響きに乗って、よく知った気配が届いた。
――……名前。
恐らく飛びついてくるであろう彼女を受けとめ、いつもの軽口に付き合って、これまで通りの関係に戻ることは簡単だ。
やがて来る破滅に傷付く名前を見るのも、彼女の心を踏み躙るのも、場合によってはこの手で名前を殺すことも――……簡単なことだ。
ずっと、そういうふうに生きてきたのだから。
廊下の角を曲がる。
「イタチ兄さーーーん!」
懐かしい声がイタチを呼ぶ。「懐かしい」などと感じてしまった事実に、頭の中で警報が鳴る。
いつも通り、無遠慮に抱き着いて来ようとしたのだろう。しかし数歩もしないうちに勢いは衰え、名前は土壁に身体をもたれさせた。
バツが悪そうにはにかむ名前は、目に見えて消耗していた。彼女の体力と気力を奪った原因が、腹部から脚を赤黒く汚している。
それを目にした瞬間、とっくに蓋をしたはずの感情が、イタチの胸を微かに痛ませた。
(……やはり、これ以上は駄目だ)
大切なものは、みな手のひらからこぼれ落ちて行く。何もかも――失われていく。
ならば……どうせ失われてしまうものならば、せめて温かく柔らかな場所に、そっと降ろしてやりたい。
腐った血溜まりの中ではなく、彼女がいるべき穏やかな日常の中へ帰してやりたい。
そう望むことくらい許されているはずだ。
……許されていてほしい。自分には、その手段があるのだから。
ついさっき、大蛇丸の研究室からくすねた資料を思い返す。
大蛇丸はどうやら、名前が異世界人であるという事実は知らなかったらしい。それでも名前のチャクラの解析結果から、彼女がこの世界の人間ではない可能性を導き出していた。
そしてその先に続く仮説は、イタチにとってはきっと僥倖だった。
――名前のチャクラが常に微弱な時空間忍術を発動している状態なのは、元いた世界に引っ張られているからではないか。
――「何か」が名前をこの世界に繋ぎ止めていて、その結び目さえほどいてしまえば……名前は自身が発している時空間忍術に呑まれ、元の世界に引き戻されるのではないか。
もし、その仮説が正しいのだとしたら。
(名前をこの世界に縛り付けているのは……)
壁にもたれかかって、息を整えている少女を見る。
「すみませんが、ちょっと手を貸してくれません?」
差し出された名前の手を、どうしても取ることができなかった。
(名前は、この世界に居るべきではない)
(……俺の傍に居てはいけない)
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