さよならをするために、私たちは再び出会う
どこまでもどこまでも、土壁の廊下が続いている。そこかしこぼろぼろだし、別れ道もたくさんあるけど、私は迷うことなく歩けていた。
大蛇丸さんのアジトに来て以来なりを潜めていた青白い人魂ちゃんが、私の前をふよふよと飛んで案内をしてくれているからだ。
私はそれに、ただひたすらついていく。
どこに向かってるんだろうとか、本当にこっちで良いのかなとか、そんなことを考えている余裕はない。
あちこち痛い。血が足りなくてくらくらする。早く、早く暁の誰かに会いたい。
(もしかしたらみんな、もう帰っちゃったかなあ。私の救出は本命じゃないって言ってたし、帰っちゃったかもなあ……そういうことする奴らだし……)
「あはは、そしたらホントにヤバいな、私……」
自虐的に笑うと、前を飛んでいる人魂ちゃんがちらちらとまたたいた。「大丈夫」って言ってくれてるみたいで、なんかちょっと元気付けられる。
どれだけ歩いただろう。人魂ちゃんが止まって、ぽわっと消えた。私も立ち止まる。
「……行き止まり……」
元々通路だった所に、大きな瓦礫が落ちたらしい。天井まで埋まってしまっていて、どうにも通り抜けるのは不可能だ。
人魂ちゃんは、何のつもりでここに案内してくれたんだろう。
本当は、この先に出口があった?それとも、現状ではここが一番安全な隠れ場所だとか?
……分からない。
「はぁ……もう無理……」
体力の限界。瓦礫にもたれかかって、そのままずるずるとへたり込む。
逃げながら止血するのにも限度がある。一度ちゃんと休んで、ちゃんと治療しないと。
「ああ、くそ。いてて……」
脇腹に刺さったままの小刀を抜こうとするけど、手に力が入らない。
ならば先に骨折を何とかしようと、チャクラを集めた指先で胸の痛む辺りに触れる。
折れた骨を繋いで、骨が傷付けた内臓を癒やす。
「ほう、医療忍術か。ここにいる間に覚えたのか?」
聞き慣れた――でも、今のところ大蛇丸さんの次に聞きたくない声が、含み笑いで私に話しかけた。
誰か、なんて確認するまでもない。
「よう、名前」
「ようじゃねーんデスよ、クソ仮面野郎」
「中々面白いものを見させてもらった。案外吼えるものだな。誰のことも諦めない、か」
「見てたんなら助け……いや、マダラさんに助けられるのも癪だし、別に良いか」
既に、楽しそうな雰囲気が仮面の下から漏れ出してるし。普通こんな状況見て楽しい気分になれるか?悪趣味だ、悪趣味。
「それ、抜いてやろうか?」
笑い混じりに、私の脇腹に刺さっている小刀を指差す。
「結構です。絶対痛くするでしょ」
「頼み方によるな」
「結構です……って、ば!」
骨折の痛みも引いてきたし、歯を食いしばって、一息に小刀を抜く。もちろん、抜く時に大量出血なんてしたら洒落にならないから、左手で止血もしながら。
「器用だな」
「そりゃどーも。はあ、痛かった……いや、まだ結構痛いな……」
指も折られたんだった。考えれば考えるほど、最悪だ。もう一回あの状況で意地を張れって言われても、多分もう無理だなあ。
「あ〜〜ヘコむわ〜〜〜」
「どうした、頭蓋骨でもへこんだか」
「すみませんマダラさん……今はちょっと、気の利いた罵倒を考える余裕がないんです。というわけで、これで我慢して下さい……ばーか!」
こちとらホントに余裕がないってのに、「いつもその程度の語彙力じゃなかったか?」とか煽ってくる仮面野郎が恨めしい。
「全く……確かに全身ズタボロですけど、へこんでるのは気分だけです。あーあ、これで助けに来てくれたのがイタチ兄さんとかデイダラ君とかだったらなあ。多少ハッピーになれたのに」
「何だ、そんなことか」
「そんなことじゃないデスよ。気分的には死活問題なんですから」
あー、でも。
こんなぼろぼろになってる姿、かえって見られなくて良かったかもな。決まりが悪いし。
口を尖らせる私を見て、マダラさんは仮面の向こうでニヤッと笑った。こいつの仮面の下の表情が何となく分かるようになってきたの、すげームカつくな……。
「そう拗ねるな。お前に土産がある」
「………………フーン(露骨な警戒)」
「フッ……ほら」
マダラさんが差し出したものを見て、さっきまでの警戒は瞬時に吹っ飛んだ。
「小南から頼まれてな」
可愛らしい、花の折り紙。丸っこい花びらがふわりと開いて、いつも小南ちゃんが作ってくれる花とは少し趣が違う。
「お守り、だそうだ」
「……小南ちゃん、優しいなあ」
この花、薄い紫色が小南ちゃんを思い出させる。結局、小南ちゃんとはギクシャクしたままだったんだよな。元気にしてるかな……。
(でも、もうすぐ会えるんだ)
スカートのポッケにお花をしまいこむ。この花だと、髪飾りにするには少し小さいから、ブローチにしたらちょうど良いかもしれない。
少しだけ心も軽くなったことだし、骨折の治療に集中する。緑色のチャクラが指を包むと、熱を持った痛みが次第に引いていく。
「ところで、名前」
「はい?」
指の骨をくっつけるのって、結構繊細な作業だから話しかけないで欲しいんだけど。
それをこの人に言ったところで聞く耳持たないだろうから、私は素直に返事をする。
「さっき吠えていた内容についてだが」
「あー、はい。えっと…?」
正直、必死だったせいもあってあんまり覚えてない。でもマダラさんは、もちろんしっかり覚えているらしい。
「暁を助ける、と喚いていたな」
「………………あ」
やべ。それってマダラさんに聞かれて良いことだったっけ。ていうか私、自分のことマダラさんにどう説明してたっけ。
痛みと出血多量でぼんやりしている頭をフル回転させて、最善の返答を考える。
……とはいえ、こうして言葉に詰まってる時点で、どんな誤魔化しも意味がなくなってるんだろうけど。
……正直に言うか。
「……みんな、死んじゃうんデスよ」
「みんな、とは具体的に誰だ?」
「みんなです、みんな。綺麗さっぱり、みんな」
「俺もか?」
「アンタは知りませんよ。でも、多分死にます。みんな死にます。サソリさんもデイダラくんも、飛段くんも角都さんも、リーダーも…………イタチ兄さんも」
あ、やっぱりそうだ。こっちの方が痛い。
改めて考えて、みんな死んでしまうって言葉にしたら、痛くてたまらない。
こんな身体の痛みよりずっと耐え難くて、きっと治らない。
「……泣いてるのか?」
「泣いてねーデスよ、うるさいな」
「しかし……だとすればいよいよ、お前を手放すわけにはいかなくなったな。不本意だが」
治療の手を止めて、マダラさんを見上げる。
仮面の奥は真っ暗で、今は紅い瞳も透かし見えない。
「暁の『未来』に何があるのか、全て話してもらう。いたずらに戦力を失うわけにはいかないからな」
「…………」
多分、そんなんじゃ駄目だ。
いくら原作を知っていて、そしていくら周到に準備をしていても、このままだときっと暁はみんな死ぬ。
だって、暁は悪者だから。悪者は絶対、主人公には勝てない。
(そんなことをこの人に説明したって、理解されないんだろうな)
この世界で生きている人間にとっては、誰が主人公だなんて関係も実感もないことなんだろう。
そりゃそうだ。私だって、元いた世界で誰が主人公かなんて知らないし、仮に「この人が主人公です」なんて言われても、そんなことあるわけないって思っただろうし。
でも、今はこの人の力でも頼らないとどうにもならない。私ひとりで出来ることなんて、たかが知れている。
「……そうデスね。協力は惜しみませんよ」
「珍しく素直だな」
「何のためにこんな大怪我してまで意地張ったと思ってるんです。私はただ、みんなに死んで欲しくないだけです。誰も、誰一人として失いたくない。……こんな気持ち、あなたには分からないでしょうけど」
「…………分かるさ」
その声が、今まで聞いてきた彼のどんな声とも違って聞こえて、私は思わず顔を上げた。
何事もなかった、何も言わなかったかのように沈黙する仮面の向こうに、紅い瞳はやっぱり見えなかった。
(あーふらふらする。ちょっと肩貸して下さい)
(頼み方がなってないなあ?)
(お、ね、が、い、し、ま、す!クソが!)
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