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救済に至る病



「あ、あああ、痛、ああああ」

悲鳴というのは案外出ないもので、引き攣った呻き声のようなものが、私の意思に関係なく口から漏れ出る。


大蛇丸さんの背中辺りから顔を出した蛇。

その蛇の口から吐き出された小刀が、私の横腹に垂直に突き刺さっていた。



じわじわとした熱さが傷口から広がって、脚をつたって床に血溜まりを作る。


「ふふ、これでおあいこね」

「……い、痛みなんて、感じてないくせに……よく、言いますよ…」

「あら。この状況で、減らず口を叩く根性はあるのね。でも、もう思い知ったでしょう?」


大蛇丸さんの指が、私の頬から首を撫でていく。脂汗の浮いた頬に、髪が張り付いて気持ち悪い。

「私はあなたに、どんなことでも出来るの。もっと酷いことも出来るわ。痛いことも、そうでないこともね。嫌でしょう?私から逃げようとしなければ、そんな思いしなくて済むのよ…」


ああ、この人の言葉は麻薬みたいだ。

甘く優しく残酷に、脳髄に染み込んでいく。


「……そう、デスね。もう、いいか……」

屈服してしまってもいいか。痛くて苦しい思いをするくらいなら……



……なんて。


「なーーーんて、言うと思ったか!!!」

刀を持つ手を引く。大蛇丸さんの身体から刃が抜ける。それを構えなおして、大蛇丸さんを睨む。


視界の外から、「馬鹿だな」と言いたげなカブトくんのため息が聞こえてきた気がするけど、知ったこっちゃない。
私が馬鹿なのなんて、今に始まったことじゃないんだから。


「何度も言わせないで下さい!私が帰る場所は、あなたの所じゃない。暁です!私は暁に、暁のみんなの所に帰るんです!」


大蛇丸さんの瞳から、一瞬、光が消えた。


「そう」


短い一言と共に、大蛇丸さんが目を閉じる。

そして次に瞼が開かれた時、その瞳には……見たことのない――少なくとも私は真正面から直視したことのない、酷薄な光が宿っていた。



「出来るだけ自由にさせてやりたかったけど、仕方ないわね」


刀を構えて、迎え撃つ姿勢を保ちながらも……正直、分かっていた。

敵わない。敵うわけがない。


脇腹には小刀が刺さったままだし、血はだらだら流れ続けている。膝をついてないだけ、自分に拍手を送りたい気分だ。

(でも、敵わないなんて最初から分かってたことだ……徹底的に足掻いてやる…!)



さっき小刀を吐き出した蛇が、再び踊りかかってくる。刀を一閃、その頭を切り落とした、

蛇は一瞬動きを止めたけど、すぐに切り口から新しい頭が生える。全然効いてない。


「くっ…そ……」

蛇の滑らかな身体が、上半身に巻き付いた、抜け出そうとしたけれど、足が動かない。傷の痛みも酷いし、血も流れ過ぎてる。

ぎしぎしと強く締め上げられると、もはや逃げ出すどころか抵抗すら出来ない。


弱々しく身を捩っていると、ぱちん、と小枝の折れるような音がした。それと同時に、充分痛んでいるはずの身体に新たな激痛が走る。

けほっ。悲鳴の代わりの咳が吐き出された。



「あらあら、肋骨あたりがいったかしらね。さて、人間にはおよそ200本の骨があるというけれど……何本くらいまで、根を上げずにいられるかしら」

大蛇丸さんの手が、脱力している私の左手を取った。私に向かって微笑みながら、私の小指を握る。


「や、」



制止する間もなく、ぼきん。今度はやけに生々しい音と痛みが、私を襲った。


「ーーーーッ!!」

声にならない悲鳴が漏れる。「ね、痛いでしょう?」と囁く大蛇丸さんの声が、遠くに聞こえる。


「もうこれ以上、痛いのは嫌よね、名前?」

「は……はぁっ……はぁっ…」

「私の元へ戻ってらっしゃい。そして、二度と逃げようとしないこと。頷くだけで良いのよ。さあ、名前…」


私の顔はもう、汗だの涙だのでぐちゃぐちゃになっちゃってる。多分、私史上最高にブサイクな顔をしてるに違いない。

そのブサイクな顔を、私はきっぱりと横に振った。さっき聞いたのと同じ音と共に、今度は薬指に痛みが走る。


「こんな状況で意地を張ったところで、良いことなんてひとつもないわよ」

「へ、へへ……分かってませんね。こんな状況、だからこそ、あとはもう、意地を張るしか……出来ることが……」


痛みのせいか出血のせいか、意識が朦朧としてきた。


「私は、暁に帰ります。どんなに痛いことされたって、これだけは譲れません。だって暁のみんながいなくなることは、もっと……もっと痛いことなんですから…!」


点滅を始めた意識の中で、私は必死に言葉を探す。もう、自分でも何を言ってるのか、ほとんど分かっていない。


「私は、あの人たちが好き。みんな大好き。誰一人として、失いたくない……損ねたくない!」

「名前、あなた……」

「私は、あの人たちを助けます。だからこれ以上、あなたに捕まってる、わけには……いかないんです!邪魔、しないで下さい!!」




――その時、私を締め付ける力が急に弱まった。


私に未知の力が覚醒したとか、大蛇丸さんが情け心を出してくれたとか、そんなんじゃない。

蛇は細切れに切断されて、ぼとぼとと床に落ちる。こうまでされてしまっては、再生もままならないらしい。


「名前」

私を呼ぶ声がした。霞む視界の中に揺れたのは、黒い髪、紅い瞳。

「イタ……」


――イタチ兄さん?


そう思ったけれど、彼じゃないことはすぐに分かった。




「サスケ君……どうして」


蛇の呪縛から解放されて、よろけた私の背をサスケ君が支えてくれる。お兄さんより少し乱暴だけど、同じ温もりを持つ手。


「ただの気紛れだ。お前がいなくなるなら清々するしな」

「サスケくん」

静観していたカブト君が、鋭い声で口を出す。

「これは遊びじゃないんだ。いくら君でも許されないよ」

「良いわよカブト。成る程、面白いじゃない、サスケ君。たまには本気で相手してあげましょうか」

サスケ君が、背中に私を隠すようにして、大蛇丸さんの前に立つ。


「さっさと行け」

「サスケくん、でも……」

「前に言わなかったか?」

サスケ君の紅い瞳が、私に向けられた。

「俺は俺のやるべきことをやる。その結果が運命だろうが、運命を捻じ曲げることになっていようが、俺の望む結果ならそれで良い。お前はあの時、迷っていたな」


そうだ。その話をしたとき、私はまだ決めかねていた。運命を変えるべきかどうか。

……でも。


「そういえば、もう迷ってないみたいです。なんだか、あはは……腹が決まっちゃったんですかね」

「そのようだ。だったらお前も、お前のやりたいようにやると良い」


行け、とサスケ君が言う。

「ありがとう、サスケ君…!」

もたもたしてたら、いよいよ失血で動けなくなってしまう。私はよたつきながら、崩れた壁から覗く廊下へ転げ出る。


「待て!」

「動くな」

私を追おうとしたカブト君を、サスケ君が制する。


一度立ち止まって、振り返った。

サスケ君。まだ第一部の幼さを残した、でも第一部の時より確かに成長した少年が、「早く行け」と視線で示してくる。


「サスケくん、私……私、諦めませんから。誰のことも、サスケくんのことも、絶対に!」


大きな声でそれだけ言って、それからは振り向きもせず、ひたすら廊下を進んだ。

少しでも早く、少しでも遠く、この場所から離れるために。



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夢主は犠牲になったのだ……管理人の性癖の犠牲にな……



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